音楽制作の聖地、音響ハウスの紹介〜現役エンジニアにインタビュー

東京の中心地、銀座に位置するレコーディングスタジオ「音響ハウス」は、2023年に創業50周年を迎えた歴史あるスタジオです。 現在に至るまで坂本龍一、松任谷由実などの著名なアーティストの作品がここで制作され、現在もなお数々の名盤が誕生し続ける音楽制作の聖地として知られています。 今回は音響ハウスを紐解くために、現役の音響ハウスエンジニアである高村政貴さんにインタビューさせていただきました。

Nami
2024-04-0310min read

東京の中心地、銀座に位置するレコーディングスタジオ「音響ハウス」は、2023年に創業50周年を迎えた歴史あるスタジオです。

現在に至るまで坂本龍一、松任谷由実などの著名なアーティストの作品がここで制作され、現在もなお数々の名盤が誕生し続ける音楽制作の聖地として知られています。

近年では空間オーディオにも注力しており、 Dolby Atmos 9.1.4ch / 360 Reality Audio 7.0.4.2B にも対応をした Studio NO.7 を構えるなど、音楽制作の更なる可能性を探求し続けています。

そんな音響ハウスですが、プロユースのスタジオということもあり、実際の依頼からレコーディング、その後の納品プロセスなどについてはヴェールに包まれていると感じる方も多いのではないでしょうか。

今回は音響ハウスを紐解くために、現役の音響ハウスエンジニアである高村政貴さんにインタビューさせていただきました。

音響ハウスの音について

-音響ハウスは、これまでにたくさんの名盤が生まれている場所ですよね。
高村さんが思う、音響ハウスならではの強みは何だとお考えですか?

うちには機材がたくさんあって、なかには当時の状態を維持した貴重なビンテージ機材もあります。それら機材のメンテナンスをしてくれる「メンテナンスエンジニア」が在籍していることは大きな強みです。

彼らが非常に優秀なので、機材をいつも一番いい状態で準備できますし、壊れたらすぐ直してもらえるので、音のクオリティを保てています。

-良い機材を揃えているだけではないんですね。
メンテナンスエンジニアは、すごく知識が必要な職業ですね。

彼らがいなかったら僕らエンジニアの仕事はできないと思います。

僕らが現場で機材を使っている時に、音が何か変だなって気づいたら、彼らに修理の依頼をします。それで、ちゃんと探ってもらうと、実はちっちゃいパーツが原因だったり。
小さいパーツ一つで、結構音が変わりますね。

-音の異変に気づく側と、その原因を突き止める側、両方プロフェッショナルだからこそ保たれている音なんですね。

そうですね。
音のことに関しては普段現場で使っているエンジニアにしか分からないこともあるし、機材の細い部品のことはメンテナンスエンジニアにしか分からない部分があったり。

なので、機械的な故障じゃなくて「いつもの音が出ないから直して欲しい!」という時は、このスイッチを押してここのつまみ回したときに、何か物足りない、ノイズが出るとか、そういうことを事細かにメンテナンスエンジニアに共有しながら進めています。

-細かい連携をされて音を保っているんですね。
高村さんが思う、音響ハウスならではの響きの特徴は何ですか?

「木」の鳴りと、天井の高さや、この広さがある空間かなと。そういうサウンドを好んで来てくれるお客さんが多いのかなと思います。

-レコーディングスタジオが木でできていることは珍しいのでしょうか?

珍しくはないですが、スタジオによっては吸音がメインのスタジオも見かけます。やっぱり吸音がたくさんされた部屋ってなると、どこで録っても一緒かなとは思うので。

それよりは、壁や床、天井から反射が来ることを僕らは録るので、そういう木の響きが良いんじゃないかなと思います。

-音以外の部分で音響ハウスのここが良いなと思うところはありますか?

建物の作りが縦長なので、利用者のプライベートが保たれやすいところですね。
横にいくつも部屋があるスタジオだと、全く関係ない人に見られたり「あの人いたよ」とかなっちゃうと、ちょっとやりずらいですからね。

特に1スタ( Studio No.1 )でしたらフロアに対してスタジオが1つなので、アーティストの方が入られたら、レコーディングが終わるまで、プライベートな空間で作業ができます。

あとは広いスタジオが2つほどありますが( Studio NO.1、Studio NO.2 )、そこはバンドのレコーディングにも対応できますし、その他にも劇伴、オーケストラの録音、ストリングスや金管楽器、木管楽器などを録るにはすごく適しています。
響きの点でもそうですけど、やりやすさもありますね。

引用:音響ハウス【ONKIO HAUS】| レコーディングスタジオ

案件の流れについて

-音響ハウスさんを利用する方は、どのような方が多いですか?

プロの方がメインですね。
案件は CD やダウンロードコンテンツ、CM 制作、映画やドラマで使われるような劇伴制作などといった、商品的なものを作ったり、録音することが多いです。

-通常の依頼を受けてからの流れはどのように進んでいきますか?

まずは何をやりたいか、何を録りたいかをお伺いします。その内容によって、録音の段取りや部屋決めを行っていきます。
もしくは、お客様からスタジオを御指定される事も多いです。

-録音の段取りとは、どういったものでしょうか?

広いスタジオでも編成によっては一斉に録れないので、どのようにレコーディングを進めていくかの段取りですね。例えば、弦楽器を最初に録って、次は管楽器を録る...など。

もしくは広いフロアだけじゃなくて、セパレートした個別のブースがいくつかあるので、そこに入るような楽器であれば一斉に録れたりしますね。

こういった録音の段取りを話し合いをしながら、合わせて部屋決めや、ご予約のお時間など、ご予算の兼ね合いも含めて相談をします。

また、劇伴等は時間との戦いになりますので、録音する楽器の順番等は、予めお客様側で決めて来られますね。

引用:音響ハウス【ONKIO HAUS】| レコーディングスタジオ

-音響ハウスには様々な機材が揃っているかと思いますが、機材選びはどのように行いますか?

実現したい音をクライアントに聞いて、エンジニアが決めていきます。
ですが、なかなか作家さんやアーティストさんと事前に打ち合わせができなかったりするので、そういう場合はエンジニアの独断で決めることもあります。

あとはリピートされている方だと、音の好みの傾向が分かっているので、そういったことを加味して選ぶことも多いです。

実際のところは、録音してみて「こういうサウンドじゃないんだよね」ってなった時、現場判断でサクッと変えられるかどうかが大事ですね。

-クライアント側から希望を出すこともできますか?

そうですね。キープできる機材リストがあるので、ご要望があれば他とバッティングしていない限り可能です。

使う機材によって料金がかかるのもあるので、そういった部分も兼ねてご相談いただければと思います。

-そうなんですね。
担当のエンジニアは、どのように決定されるんですか?サウンドの相性などでしょうか?

うちに在籍してるエンジニアは何でも録れるのが基本なので、お客さんからのご指名が多いです。
指名料もかかりませんし、サウンドがどうっていうよりも、対人間としてのご指名が多いかなと思います。

長年一緒にやってきてる人もいますし、たまたまこの前一緒にやってよかったから、もう1回やって欲しいって言われることもあります。

特にご希望がない場合や、新規の方はスケジュールだったり、営業担当と相談して決めたり。あとは珍しい楽器などの場合は、若手よりも経験の多いベテランが担当したりですね。

-利用者側がレコーディングまでに用意しておくものはありますか?

特にはないとは思います。
レコーディングしたい楽器を持っていただくだけで大丈夫です。

持ってきていただいて、練習してもいいですし。

-みなさんのスタジオ利用時間はどれくらいですか?

1曲のレコーディングだけなら、ベーシック(ドラム、ベース、ギター)を2日ロックアウト(※2)で録音して、上物(ピアノ、ストリングスなど)を別日でまた1〜2日で録音して、歌は家で録ってくる場合もあるし、うちで録る場合はまた1日くらいかけて録音します。

なので、レコーディングする曲にもよりますが、早ければ 3日ぐらい、もっと早い人は1日で終わらす人も中にはいらっしゃいます。

(※2)ロックアウトは、スタジオを長時間予約する時に使用される業界用語。
スタジオによってその時間は異なるが、音響ハウスの場合はスタート時間からその日の24時までとなる。文章中にある2日ロックアウトは2日間スタジオを押さえていることになる。

-1日で録り終わる場合もあるんですね

レコーディングだけでしたら多分1日で終わると思います。

-ミックスはどれくらいかかりますか?

ミックスはレコーディングとはまた別で費用と日にちを設けてもらっています。
期間は早い人だと1日2曲仕上げますが、 余裕もって1曲に対して1日いただくと良いと思います。

エンジニア・高村さんについて

-高村さんが仕事をする上で大切にされていることはありますか。

音の面でベストを尽くすことは当たり前なんですけど、如何にお客さんの要望に応えられるか、不快な思いにさせないかということを大切にしています。

機械を使っていても結局は人と人なので、長い時間一緒にいるのにお互い嫌だなって思いながらやってたら絶対いいものはできないと思います。

-その場の雰囲気はプレイヤーの演奏にも影響しますよね。

音楽が好きでこういう仕事をやっているのに、機械上でオペレートしているだけだと、なんか全然音楽的じゃないなと思って。音楽を作っているので、その場の空気といいますか、雰囲気やノリを一緒に出した方が楽しいんじゃないかと思っています。

あとは、いきなり録音するとなると皆さん緊張されることが多いので、そういう場合は、例えば30分くらい練習して緊張がほぐれてからレコーディングスタートさせることもあります。

-そのような配慮も考えられて、案件をこなしていらっしゃるんですね。

僕らはその間にサウンドチェックもできるのでね。いざ録音しますっていう時に、如何に緊張しないで演奏できるかは大事だと思います。

-利用者が心地よく使えるために、他に気をつけてることはありますか。

僕の場合は、フロアにいる時もコントロールルームにいる時も、心地がいい雰囲気作りを心がけています。

あとはプレイヤーのテンションをどう上げるかとかですね。ご自身でコントロールされる方もいらっしゃいますけど、ガチガチに緊張されてる方だと緊張をほぐしてあげるために、ちょっとくだらない冗談言ったりとかみたいな(笑)。

-雰囲気作りからサポートされているんですね。
特に若い世代はスタジオに馴染みがない方も多いと思いますが、これらから音響ハウスを利用したいと考える方にどんなことを体感してもらいたいですか?

音のクオリティの違いや、音響ハウスならではの部屋の鳴り、ビンテージ機材のクオリティなどを体感してもらいたいですね。

ドラムやストリングスセクションなどの生楽器は特に広い空間で録ると、全然鳴り方が違ってくると思います。

もちろん直接音を録るのは大事なんですけど、プラスで空間を取れるっていうのは結構楽しいと思います。

あとはサウンド面だけではなく、結局は人と人なので、エンジニアやアシスタントエンジニアとのコミュニケーションといいますが、そういう人と創る楽しさも感じてもらえたらと思います。

-個人で作る良さもありますけど、人と一緒に創り上げる音楽はまた違うものが生まれますよね。

うち、音響ハウスの映画『音響ハウス Melody-Go-Round (※3)』を作ったじゃないですか。

そのなかでユーミン(松任谷由実さん)が、「家でも録れるけど、どうしてもなんかうまくいかなくて、スタジオで同じことやったらいいものが録れた」っていうようなことをおっしゃっていました。

機材は同じものを使ってるとは思うんですけど、何でしょうね。やっぱりスタジオで録ってるっていう、イメージがあるのかもしれないですけど、そういうことが起きたりしますね。

(※3)『音響ハウス Melody-Go-Round 』は、2020年に公開した音響ハウスのドキュメンタリー映画。主題歌である『Melody-Go-Round 』の制作風景を主軸に音響ハウスでのスタジオワークの様子や製作陣、スタッフ、また大物アーティストたちの想いが描かれている。

映画『音響ハウス Melody-Go-Round』公式サイト
坂本龍一、松任谷由実、矢野顕子、佐野元春など日本を代表するアーティスト達がこよなく愛したレコーディングスタジオ、45年の歳月――。

-言語化できない、小さな感情や感覚の変化が起きるのでしょうか。
宅録での録音をメインにするアーティストも多くなっているのですが、そのあたりはエンジニアの目線でどう思われていますか?

もちろん時代と共に在り方は変わらなきゃいけないし、変わってきてはいると思うんですけど、宅録にもやっぱり限界があるのかなとは思います。

例えば、マイクの種類を選べなかったり、空間的なものを取れなかったりとか。そのためのプラグインなのかもしれないけどね。

ただそれだけじゃなくて、やっぱり音のクオリティですよね。特にバンド編、特にドラムはご自宅で録れる環境だとしても、その空間はスタジオほど広くはないと思うので、そうなると音はずいぶん変わるんじゃないかなと思います。

打ち込みでやるなら良いと思いますけど、バンド編成の場合はやっぱりみんなで一緒に演奏した方がいいものができると思います。

-広い空間となると、自宅は難しいですね。

そうですね。ドラムだったり、あとはストリングスセクションは自宅じゃちょっと難しいかな。

ストリングスに関しては1本ずつ録っていくわけではなく、一度に演奏してもらってまとめて録音するので、1個1個が明瞭に聞こえてくるものでもなくて。あるのはその空間なんですよね。いろんな音がその空間に重なって、一つのセクションになると思っているので。

実際コンサートとかで聞いた時にやっぱすごいなと思うのはそういうところなんですよね。各々の楽器がうまく溶け込んでるなと。

-それはミックスでどうにかなるものではなく、弾いてる人たちがその場で弾いていることが大事ということですか?

そうですね。演奏している時にお互いの音が聞こえているので、自然と調整しているんですよね。1個ずつの録音だと早いもの勝ちで、先に録られたものに合わせていくしかないみたいな。

どんなに調整しても、そういう部分は打ち込みで表現できない部分の一つとも言えるかなと思います。

-今までに様々な内容の案件を受けていらっしゃると思いますが、これからやってみたい案件はありますか?

久しぶりにバンドを録りたいですね。

僕がアシスタントの頃は、バンドブームだったんです。アマチュアバンドがイカ天キングの座を狙って対決していく、三宅裕司さんが司会の『三宅裕司のいかすバンド天国』っていうテレビ番組があったんですけど、何週か連続でキングの座を守れるとメジャーデビューできますみたいな内容で。

そういうのを見て育ったので、エンジニアになったらバンドを取りたいなと思ってたんですけど、実際には案件が多くなくて。

時代的にも今はバンドが少ないですし、売れてるバンドはお抱えのエンジニアさんがいたり、予算がないバンドは小さいとこで取っていたり。
なので、今どきの若いバンドでやってくれないかな〜と思っています。

-最後に、これから音響ハウスを利用したいと考えてる人たちに向けて、何かメッセージや思いなどあれば

音響ハウスはアコースティック楽器の響きがよく録れるスタジオなんじゃないかと思います。

アコースティック楽器を録るのであれば、是非弊社で使っていただければと思います。


音楽制作の聖地・音響ハウス。そこから生まれた作品は数多くリリースされ、私たちの耳に届いています。

インタビューを通して感じたことは「良い音楽を共に作る」ということです。
本質的な良い音を取れるようにサポートするエンジニアの存在、またそのエンジニアを支えるメンテナンスエンジニアやその他のスタッフ。

利用者の手に渡った最終的な音源は、音響ハウスを構成するメンバーの一人一人がいるからこその音になっています。

お話をお伺いして、良い機材と、良い環境を保ち、いつでもアーティストを最高の状態で迎えること、そして、それらを用いてアーティストの最高の状態を録る、という全ての工程を支えるエンジニアたちの存在があるからこそ生み出せる音が、確かに存在するんだなと感じました。


プロフィールご紹介

レコーディングスタジオ「音響ハウス」

住所:東京都中央区銀座 1-23-8 
TEL:03-3564-4181
WEBサイト:https://www.onkio.co.jp/index.html
お問い合せフォーム:https://www.onkio.co.jp/contact/index.html

高村 政貴氏プロフィール

音響ハウスで活躍するベテランエンジニア。音響技術専門学校卒業。
アコースティック楽器のレコーディングを得意とし、幅広いジャンルの作品のレコーディング、ミックスを担当している。
これまでには初音ミク『初音ミク Sings “手塚治虫と冨田勲の音楽を生演奏で”』 や、南こうせつ『からたちの小径』など、数々の作品を手がけている。
Nami
Written by
Nami

東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。

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