映画の始まり
映画の始まりは、1891年にエジソンが発明した「キネトスコープ」です。
これは、大きな木の箱の中に映された映像をのぞき窓から鑑賞するもので、今のように大勢でスクリーンで映像を鑑賞するものではなく、一人で楽しむものでした。
その後、1895年にリュミエール兄弟によって「シネマトグラフ」が誕生。このシネマトグラフが、“スクリーンに映像を映し出して映画を鑑賞する”という、現代の映画鑑賞の走りとなっています。
今や音楽やセリフがあるのが当たり前になった映画ですが、当時はまだ映像と音声を同期させる技術がありませんでした。音声がない映画を「無声映画」と言います。
無声映画は、映画が誕生してから1920年代後半まで主流となりました。
無声映画時代の映画音楽
次第に、無声映画に合わせてオルガン奏者、ピアニスト、オーケストラが演奏を行うようになりました。
当時演奏されていたのは、伝統音楽やクラシック音楽、ポピュラー音楽、ヴォードビルの音楽など既存の曲でした。また、それらに加えてオリジナル曲や即興演奏を混ぜて演奏を行ない、映画に音楽をつけていたと言われています。
当時のミュージシャンたちが参考にしていた楽譜の一部を、以下にご紹介します。
フォト・プレイミュージック
ミュージシャンたちの演奏の支えとして、1900年代初頭に「フォトプレイ・ミュージック」という楽譜が発売されました。この楽譜は、「哀愁の音楽」「死の場面」「ラブシーン」など、様々なシーンに合わせた楽譜が入っており、いわばストック・ミュージック的な楽譜です。
このような楽譜から音楽を組み合わせたり、時折即興を混ぜたりなどして、映像に合うよう演奏をしていたのです。
「moving picture music」を発売した Sam Fox Music をはじめ、様々な出版社から多くの楽譜が販売されました。
コンパイル・スコア
既存曲を繋げ合わせて一つの映画用にまとめたものを「コンパイル・スコア」といいます。
先に紹介したフォト・プレイミュージックや、時にはベートーヴェンやモーツァルトなど、クラシック音楽で著作権が切れたものを分解し、繋げ合わせることで映画に沿った伴奏を組み立てたものです。
また、そのような既存曲に加えて、繋ぎの部分でオリジナル曲を混ぜ合わせたりして曲をまとめていることが多かったとされています。
参考:https://www.sfsma.org/compiled-scores-by-paul-norman/
キューシート
キューシートとは、映画のシーンに合わせてどの曲を、どのタイミングで演奏するかが記載された楽譜です。
映画におけるアクションと、それに合わせた曲名、テンポ、冒頭部分の楽譜などが記されており、このキューシートを参考にしながら、ミュージシャンは演奏を行うこともありました。
参考:https://crowd.loc.gov/campaigns/cue-sheets/
映画初の書き下ろし曲
前の章で見てきたように、無声映画時代は映画のために0から楽曲を書き下ろすというのは、あまり行われていませんでした。オリジナル曲が入るとするならば、既存曲と組み合わせて使用されることが多かったのです。
はじめて映画のために完全オリジナルで作曲が行われたのは1908年。作曲家サン・サーンスによって書かれた『ギーズ公の暗殺』のための楽曲です。
サン・サーンスはフランスを代表する偉大な作曲家で、今でもカンヌ映画際のテーマ曲として彼の組曲『動物の謝肉祭』より「水族館」が使用されています。
劇場で活躍したシアターオルガン
シアターオルガンとは、その名前の通り劇場で演奏するために作られたオルガンのことです。
オルガンの音色はもちろんのこと、ベルやシンバル、太鼓などといった様々な楽器をならせる仕組みになっており、この一台で音楽の演奏から効果音まで鳴らすことが可能です。
当時はこのシアターオルガンが多くの劇場に置かれ、無声映画時代の演奏で活躍していました。
日本では唯一、日本橋三越 本店にてこのシアターオルガンが保存されています。
参考:https://www.mistore.jp/store/nihombashi/feature/history/list05.html
まとめ
無声映画にあまり馴染みがない人が多いと思いますが、歴史を辿ると面白い文化があったことが分かりました。
映画が普及する前にも、オペラやバレエ、ヴォードビルなど、劇には音楽は欠かせない存在でした。そのため、映画に音楽がついたことは自然な流れだったのでしょう。
映画のためのオリジナル曲制作が活発になったのは、映画に音声がついた「トーキー映画」の時代に突入してからです。こちらはまた別の記事で紹介したいと思います。お楽しみに。

東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。








