アナログテープからDAWへ。様々な時代変遷を見てきたエンジニア・深田晃氏にインタビュー「最終の仕上がりを意識した聞き方をしていかないと、いい作品にするのは難しい」
NHK 交響楽団などのオーケストラ、松田聖子さんや森山良子さんなどのポップス楽曲、『思い出のマーニー』などの映画サウンドトラック...深田晃氏は幅広いジャンルの音楽制作に携わっているエンジニアです。 アナログ時代からキャリアをスタートさせ、約半世紀にも渡りエンジニアとして音楽制作に携わってきた深田晃氏は、その変遷を目撃し、一翼を担ってきたエンジニアの一人。 今回は、そんな豊富な経験を持つエンジニア・深田氏にお話を伺います。
昔と今の録音の違い「録音し終わってからゆっくり考えることができるようになったので、その分時間がかかるんです」
-深田さんはアナログからデジタルの変遷もご経験されている世代だと思います。
音楽制作で使用する主流なツールがアナログテープから DAW へと変わり、感じた変化はありますか?
DAW が出てきたことにより自由度が飛躍的に高くなって、 ツールとしてはものすごく進歩してると思います。
ただ、自由度が高くなったことで時間がかかるようになったといえます。
昔は録音するときに 24 トラックや 48 トラックっていうトラック数の制限がありました。
例えばストリングスを録音するとして、ファーストバイオリン、セカンドバイオリン、ビオラ、チェロがあって、もし1本ずつマイクを立てたら合計4本、さらに全体を録るマイクが2本あったら、全部合わせて6本使うことになりますよね。
そうすると、ストリングだけで6チャンネル使っちゃうわけじゃないですか。他の楽器も録らなきゃならないので、それだとちょっと厳しいんですよ。ということは、録音してるうちに2トラックとかにまとめて録音しなきゃいけないんです。
なので、録音が終わった時点でストリングセクションとしてのバランスがとれるように、スコアを見ながら調整をして録ってるわけです。
でも、今はトラック数に制限が無いので、その場でバランスを取る必要はなくなりました。後で調整できますからね。
こういった理由から、 ほとんどの作業が後回しになったともいえます。
録音中に時に決めなきゃいけなかったことが、録音し終わってからゆっくり考えることができるようになったので、その分時間がかかるんです。
-様々な加工ツールが出てきていますが、そのあたりはどのようにお考えなんでしょうか。
例えばスネアドラムにマイクを立てた時、ドラムの皮とマイクの距離があるじゃないですか。この距離感で、音の印象が違います。これは取る時のマイクとの距離なので、後からは変えられない部分です。
こんな風に、後から変えられないことって、結構いっぱいあるんですよ。
なので、後からの調整でどうにかなると思うのは、安易な考えだと思います。
そういった意味で、DAW を使って個別に録っていたとしても、その時にちゃんと適切な距離感なり最終の仕上がりを意識した聞き方をしていかないといい作品にするのは難しいかなと思います。
-録音時から、最終的な完成まで見越しているんですね。
そうですね。
あと、加工しちゃうことで台無しになることもあります。
例えばギターを録るとして、ギターアンプを変えてみたりマイクを変えてみたり、すごい細かいことにこだわって録音して、思い通りに録音できたとします。
でも、ミックスの時に全体の音圧を上げるためにガーンって潰しちゃったりすると、こだわった音色は全部なくなっちゃうんです。
なので、最終的にどういうサウンドにしたいかを、最後までいかに持続して持っていけるかということも大事だと思いますね。
物理的な録音との違い「録音は全て嘘だと言うことができます」
-先ほどスコアを見ながら録音されるとおっしゃっていましたが、やはりレコーディング曲はスコアから勉強されるんですか?
そうですね。音楽って古いものから現代のものまで、もう膨大にあるじゃないですか。
それを全て網羅するのはやっぱり難しいと思うので、 じゃあこれから録るこの作曲家のこの作品はどういうものなのかをある程度知らないと、本質的に全然違うものになっちゃう可能性があると思います。ですからスコアで勉強するのは大切な事なんです。
物理的な録音なら、作品を知らなくてもできると思うんですけどね。
-物理的な録音と、そうではない録音の違いはなんでしょうか。
例えばライブハウスで演奏されている音がすごいカッコ良いいと思って、秘密で録音したものを家で聞いてみても、全然つまんなく感じると思います。
マイクって物理だから、ただ音の信号を電気信号に変えてるだけで、人の心理や感情は何も入らないんですよ。それをそうじゃないようにするのが録音の技術です。
なので、録音は全て嘘だと言うことができます。
レコーディングを直訳すると「記録」ですが、実はただの記録ではなくて、真実っぽく感じさせるようにデフォルメするっていうか。ドキュメンタリーじゃなくて、小説なんです。
例えばボーカルだって、ほとんどの場合、僕たちの顔の目の前で歌ってるように聞こえるじゃないですか。でも、実際はそんな近くで聴かないですよね。
録音物には、近いからこそ聴こえる歌の声の質感とかも表現されているので、実際にその場で歌ってる音とは全然違います。
-サラウンド録音やハイレゾなど、常に最先端の録音技術を研究されている深田さんですが、そのモチベーションはどこにあるんでしょうか?
世の中はどんどん変わっていくし、それに伴って技術も変わっていくので、 先を歩いてないとダメになってしまうんではないかという感じがしています。
-それは今でもそうですか?
そうですね。
例えば、僕が一人で仕事を始めた時から、イーサネットを使うネットワークオーディオ
で1本で 300 チャンネル録音できるようなシステムを入れています。
新しいものは意識的にも取り入れてますし、あとはその方が単純に面白いっていう気持ちがあります。
-機材は元からお好きでしたか?
そんなにマニアという訳ではないですけど、やっぱり新しくて優れているものには注目していますね。
それに私の場合は一人で仕事をすることも多いので、なるべく機材を少なく、軽くしたいんですよ。そうなると、最近のものの方が小さくて軽くて、高性能なものが多いんですよね。
さっきのイーサネットを入れる前までは、マルチケーブルっていう重いものを使っていましたけど、今はネットワークケーブル1本でいけています。
時代によるサウンドの流行「流行は繰り返す」
-様々な音楽ジャンルに携わっている深田さんですが、若手の作家たちに今後期待するものはありますか?
音楽に何が良いとか、悪いとかは無いと思うので、色んな音楽があって全然良いと思います。
ただ、狭い範囲のジャンルを聴いたり、ずっと同じ仲間内でいると、同じ方向の曲ばかりになりがちですよね。ボーカルの処理だったり。
というよりは、少し世界を広げてみてみると「こんな音楽があったのか!」っていう発見に繋がって、新しいものを作るきっかけになると思います。
-新たな発見が、新しい作品に繋がるんですね。
あと、ファッションと同じで、流行って結構繰り返すんですよ。昔のものを持ってきたら新しいと言われたり。80 年代のシティポップが最近流行ったことも、その例かなと思います。
流れを見ていくと、サウンドの感じもすごくドライになったり、ウェットになったりを定期的に繰り返しているんですよ。
今ちょっとドライなので、またウェットになってくるんじゃ無いかなと思います。
-若者に期待することはありますか?
若いということは、色々なことがなんでもできて、チャンスが豊富にあります。
なので、やっぱりやりたいことを自分なりに楽しんでやるのが1番だと思います。
-深田さんは楽しんできたからこそ、今があるのでしょうか?
そうですね。今も楽しんでやっています。
まとめ
「最終の仕上がりを意識した聞き方をしていかないと、いい作品にするのは難しい」この言葉が特に印象的でした。
「点」で作業しがちな音楽制作ですが、このような「線」の意識を持って制作をしていくことはとても大事だと感じました。
アナログ時代を経験していない世代こそ、その時代と現代の違いや流れを知っておくことで、音楽制作の本質的な変化にも目を向けることができ、音の表現に対する深い洞察が得られるのではないでしょうか。
深田氏の過去インタビューはこちらからどうぞ。ぜひ合わせてご覧ください。
深田晃氏プロフィール
CBS SONY(現:Sony Music Entertainment)や NHK放送技術制作技術センターでチーフエンジニアとしてキャリアを積んだ後、自身の会社である dream window inc. を2011年に設立。
NHK交響楽団やサイトウキネンオーケストラといったオーケストラ、スタジオジブリ作品『思い出のマーニー』や 北野武監督作品『首』などの映画サウンドトラック、Jazz ピアニスト Richie Beirach(リッチー・バイラーク)のバラード集『Ballads』などの海外アーティストとの作品など、様々なジャンルでレコーディングを担当。これまでに数々の CD 制作、TV 番組、映画にエンジニアとして携わる。
2011 年〜2024 年まで洗足学園音楽大学の客員教授を勤め、教育にも取り組む。
名前:深田晃(ふかだ あきら)
所属:dream window inc.(ドリーム ウィンドウ)
参加学会:
AES(Audio Engineering Society) Fellow
IBS 英国放送音響家協会会員
米国レコーディング・アカデミー(所属:ニューヨーク)
プロデューサーズ・アンド・エンジニアズ・ウイング
生年月日:1953年8月24日
出身:大阪府
出身校:関西大学工学部
趣味:旅行
東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。