音楽作家事務所におけるディレクター業務の実際

〜制作現場を支えるハブとして〜 音楽業界には「ディレクター」と呼ばれる職種がいくつも存在します。A&Rディレクター、制作ディレクター、原盤ディレクター、映像ディレクターなど……。その中で、音楽作家事務所における「音楽ディレクター」は、作家が楽曲を創作するプロセス全般をサポートし、完成品であるマスター音源をクライアントへ納品するまでを管理・進行する役割を担います。ここでは、私が実務で担っている流れに沿って、作家が歌もの楽曲の作曲とアレンジを担当することになったことを想定して、ディレクター業務の要点と現場での実体験を交えて紹介していきましょう。

Yoshihiko Kawai
2025-11-054min read

プリプロダクション:方向性の共有と作家への伝達事項

案件は、クライアント(レーベル、出版社、映像制作会社など)からのオーダーを受け取ることでスタートします。コンペの場合もありますし、特定の作家指名でオーダーをもらう場合もあります。要望は「アーティストの次回シングルの候補曲」「アニメのオープニング用楽曲」といったものから、「BPM120前後で疾走感のあるギターロック」「劇伴の感動シーン用、弦を主体としたアレンジ」といった具体的なケースまでさまざま。

ディレクターは、このオーダーを作家にそのまま伝える場合もあれば、「翻訳」をして、クライアントが抽象的に表現した意図を、作曲家が制作しやすい言葉へ変換することもあります。大抵は、リファレンスが提示されているので、それらから楽曲の方向性を考え、曲調、構成、ダイナミクスなどの要素を明確化するのです。コンペの場合でも、作家からコンペシートの意図が汲み取れないなどの相談があれば、一緒に考えることもあります。

デモ制作:フィードバックとアレンジ検証

作家から初稿デモが届くと、ディレクターが一次チェックを行います。ここでの判断ポイントは、メロディのキャッチーさ、コードワークの必然性、構成のバランス、そしてクライアントの要望との整合性です。

そこで、フィードバックが必要であると思ったら、具体的に伝えるようにします。「サビ頭のトップノートは、もう少し上げた方が良い」「ブリッジで一度テンションコードを挟んではどうか」といったように。歌ものの場合は、仮歌の必然性のチェックも大事です。昨今は Synthesizer V などのツールで入れてくることが多く、キーやブレスの入る箇所が、実際の歌手が歌えるかどうか?のチェックです。これらのツールを使うと、どんなキーでもどんなピッチでも、息継ぎなしで歌えてしまうので、特に注意を払う必要があります。

また、アレンジ段階で、生で楽器をレコーディングする必要があるか?を想定しておくことも大切です。打ち込み主体かバンド編成か、ストリングスやブラス・セクションを加えるかなど。レコーディングの判断は、クライアントの意向もありますが、予算、スケジュール、クオリティの三要素から、何が楽曲にとってより良い結果を生むか?を考える必要があるので、ディレクターの経験値も求められます。

レコーディング:現場の進行とディレクション

クライアントからデモに  OK の判断が出れば(コンペに採用され、アレンジにOKが出た場合も)、いよいよ録音に進みます。

まずは楽器レコーディングをすることになった場合。必要なプレイヤーをキャスティングします。作家が懇意にしているプレイヤーがいれば、その人に声をかけることもありますし、ディレクターがオススメするプレイヤーにオファーすることもあります。面識がないプレイヤーに初めての依頼をすることもあります。とにかく、楽曲の方向性に合ったミュージシャンをアサインするのですが、懸念点としては、予算をどのくらい確保できているか?スケジュールが大丈夫か?という点です。宅録でデータ納品できるプレイヤーの場合、スタジオやエンジニア費を別途かけずに、タイトなスケジュールでもお願いできますが、ドラムやストリングス、管楽器など、スタジオでの録音が必要な場合は、関係各所とのやり取りが大掛かりになります。ですので、楽器録音を依頼する場合、宅録かスタジオ録音かの大きな壁が存在するのです。

宅録でお願いする場合、基本的にメール等のやり取りになるので、ディレクターは作家の意図を丁寧に伝える必要があります。その際に、録音用の音源ファイル、譜面等も一緒に送付するのですが、締切を設定し、納品ファイルの詳細まできちんと伝えることが大事。またオファーの際に、予算を伝えておかないと、後々のトラブルに発生することもあるので、注意が必要です。

レコーディングスタジオでの作業となった場合、作家自身がディレクションすることがほとんどです。ただ、まだ経験の浅い作家や、苦手な作家もおり、その場合はディレクターがサポートするほか、ディレクター自身がその役割を担うこともあります。その点では、音楽ディレクターが、音楽的知識を持ち、作家の意図をしっかりと共有できていることが大事になってきます。

楽器の録音が完了したら、ボーカル・レコーディングに移ります。こちらは、楽器録音とは異なり繊細なやり取りになるため、メーカーのディレクターが行うことや、ボイストレーナーが担当することもあります。もちろん作家に一任されるケースもあるので、その場合は楽器録音と同様、基本は作家が行い、ディレクターはそのレコーディングがスムーズに進行できるよう、サポートします(場合によっては、音楽ディレクターがディレクションすることもあります)。

ミックスとマスタリング:技術と意図のすり合わせ

録音が終わると、ミックスダウンの工程に入ります。ここでは、作家の意図というより、プロダクションが目指すサウンドが重要視され、その目指すサウンドを作家とともに作り上げていきます。そういったやり取りをエンジニアと行い、音源を仕上げていくのですが、昨今は、オンラインでのミックスチェックが多く、その場合は、作家の希望をテキストで伝えることになるので、ディレクターは、意図を読み取りやすくするために、文章を変換する作業も行います。テキストだと、感情的な内容になってしまうこともあるので、その点は特に注意を払います。

スタジオに集まってミックスチェックを行える場合は、直接エンジニアにリクエストを伝えられるので、作業としてもスムーズで、テキストで起こってしまうような齟齬も少ないのがメリットです。ただ、こちらも予算次第というのが現状です。

ミックスが FIX すれば、マスタリングへ。こちらもミックスチェックと基本的には同じ流れで進んでいくことがほとんどです。

ディレクターに求められる資質

音楽ディレクターは、作家、ミュージシャン、エンジニア、クライアントをつなぐ「ハブ」として機能します。そのために必要なのは、音楽的リテラシーだけでなく、現場での判断力とコミュニケーション力でしょう。以下に要点をまとめてみました。

  • 音楽的知識:コード理論、アレンジ、録音技術に関する理解
  • 現場対応力:トラブル時の瞬時の判断、スケジュール進行管理
  • コミュニケーション力:専門家と非専門家の間をつなぐ翻訳力
  • 責任感:納品までプロジェクト全体を見届ける姿勢

まとめ

音楽作家事務所におけるディレクターは、プリプロから納品まで、あらゆる工程に関与し、作品をゴールに導く役割を担います。裏方でありながら、作品の質と進行を左右する重要な存在です。

失敗やトラブルは起きてしまうものですが、その一つ一つに対して冷静に対処できることが重要なのです。音楽ディレクターを目指す方には、知識を身に付けることと同時に、「現場で鍛えられる仕事」であることを知っていただけたらと思います。

Yoshihiko Kawai
Written by
Yoshihiko Kawai

株式会社Core Creative代表。株式会社リットーミュージックで、キーボード・マガジン編集部、サウンド&レコーディング・マガジン編集部にて編集業務を歴任。2018年に音楽プロダクションへ転職。2021年、楽曲制作をメインに、多方面で業務を行う。2022年、事業拡大のため株式会社Core Creativeを設立。現在は東放学園音響専門学校の講師なども務め、さらなる事業拡大のため邁進中。

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