モニター環境を整える必要性
そもそも、なぜ作曲家もモニター環境を整える必要があるのでしょうか。
それは、音を正確に判断できるからです。例えば、エフェクトのかかり具合や、楽曲を聞いたときの印象を正確に確認することができれば、適切な処理を行うことができます。
また、モニター環境を整えることで今まで他の音で埋もれて聞こえなかった音が聞こえるようになるで、気づく音が増えて作曲のインスピレーションが増えることにも繋がります。
そのため、モニター環境を整えることは、結果として楽曲クオリティの向上にも繋がると言えるでしょう。
音楽制作に適したモニター環境とは?
この章では、音楽制作に適したモニター環境とは、具体的にどういうことかをご説明致します。
部屋の反射音、周波数特性が整っている
音楽制作に適したモニター環境とは、反射音が適切な量で、さらに部屋の周波数特性が整っていることです。
私たちが聞いている音には、実際に鳴っている音が直接耳に届く音(直接音)と、周辺環境に反射して聞こえる音(反射音)があります。
例えば、トンネルの中で声を出した場合、自分が実際に発した声に加えて、壁に反射して跳ね返った音が遅れて聞こえますよね。これは反射音です。
部屋にも多かれ少なかれ反射音が発生しています。適切な量の反射音は必要ですが、反射音によっては特定の周波数を減衰、もしくは増幅させてしまい、適切なリスニングを阻害することがあります。
この反射音を調整して、適切な音の確認を可能にすることが制作環境において大切なポイントです。
また、部屋の周波数特性を専用のソフトウェア(※)で観察しながら再生環境を構築していくと、より正確な数値に基づいて調整することができます。
※こちらに関しては「音場の調整をする」の章で詳しくご紹介いたします。
定在波とフラッターエコーについて
適切なリスニング環境を整えるために知っておきたい用語が、「定在波」と「フラッターエコー」です。
これらは音の反射の過程で起こる現象で、並行した面があることによって生じ、適切なモニター環境の阻害になります。この2つを適切に対処することが、再生環境を整える上での鍵になります。
<定在波>
定在波とは、壁や天井に反射した進行方向がそれぞれ反する進行を持った音波がぶつかり合う事によって、お互いの進行を打ち消し合い、特定の位置に留まる音波のことです。
定在波が生まれることで、部屋の中で音圧が大きいところと小さいところが生じてしまいます。特に低い帯域は定在波の影響を受けやすいです。
定在波の周波数は部屋の形状や寸法によって異なります。
<フラッターエコー>
フラッターエコーは中高域で発生する残響音です。
フラッターエコーのある部屋で手を叩くと、ビリビリした残響音が残ります。
フラッターエコーの例として挙げられるのが、日光東照宮にある「鳴き龍」です。天井に描かれた大きな龍の下で拍子木を叩くと反響音が生じ、その音がまるで龍が泣いているように聞こえることからその名が付いています。
この鳴き龍の原理も、フラッターエコーに基づいています。
音質向上のための部屋選び
こちらの章では、モニター環境を整える上で有利に働く部屋の特徴をお伝えします。
部屋の大きさ
部屋は、広さがある方が好ましいです。
音は距離があると減衰するという特徴があります。狭い部屋の場合、壁や天井に反射した音が耳に届くまでの距離が近くなってしまいます。そのため、反射音が大きく聞こえがちです。
また、壁から距離があることで反射音を拾いにくくするだけではなく、部屋の外の音を拾いにくくしたり、こちらが発する音の音漏れの軽減にも繋がります。
部屋の形
自宅のサイドの壁が斜めになっていたり、天井が斜めになっている部屋があればラッキーです。なぜなら、定在波やフラッターエコーが生まれる原因になる、「面が並行に向かい合う部分」が少ないからです。
ただし、こうした部屋においても、左右のスピーカーから出る音が同じ条件で反響するよう、スピーカーの配置が左右対称になるように注意して配置しましょう。また、その他のスピーカーセッティングの要点については、次のセクションで詳しく説明いたします。
部屋の場所
道路に面している部屋は車の音が聞こえやすいです。また、お風呂に近い部屋であればシャワーの音が聞こえたり、リビングに近いと冷蔵庫の音やテレビなどの生活音が気になる可能性があります。
特に自宅でレコーディングをする場合は、なるべく外部音に邪魔されない部屋を選択することが好ましいです。
音場の調整
音場とは、音が鳴る空間のことです。
どんなに高品質なスピーカーでも、音場が整っていないとその性能を発揮できません。
この章では、冒頭でお伝えしたような「音楽制作に適した再生環境」を作るためのポイントをご紹介致します。
調音材を使用する
調音材とは、音響を整えるためのアイテムです。
調音材は、商品によって役割が異なります。反射を抑える吸音に特化したもの、定在波を減らすために拡散を取り入れたものなど、商品によって特性が異なるので、購入前に商品の説明を読んで、自分の部屋に合った商品を選択することが大切です。
<吸音材>
引用:AURALEX ( オーラレックス ) / Studiofoam Wedges 2″24枚 30cm x 30cm 厚さ5cm 吸音材
反射音を抑えるためには、吸音材が有効です。
吸音材の設置箇所は、 普段音を聞く位置に座り、スピーカーから出た音がどのように壁や物に反射して自分の耳に届くかを想像しながら設定すると良いでしょう。反射点におけば、反射音は軽減されます。
以下はイメージ図です。スピーカーの背面、正面、左右に加えて、部屋の四隅に置くと良いです。
<ベーストラップ>
引用:AURALEX ( オーラレックス ) / LENRD Bass Traps チャコール 4個 コーナー用吸音材
低音域は少し特殊で、通常の吸音材では吸音されません。そのため、低音域に対応している吸音材を選択する必要があります。
低音域に特化した吸音材のことを「ベーストラップ」と呼びます。
低音は部屋の角に集まりやすいため、ベーストラップを設置する場合は部屋の四隅、余裕があれば天井との境目にも設置すると良いでしょう。
<調音パネル>
引用:Vicoustic ( ビコースティック ) / Multifuser DC3 White
前項では反射を押さえる方法をお伝えしてきましたが、反射音が少なくなりすぎてしまっても不自然な音になってしまいます。適切な反射音を作り出す、また、定在波の原因となる並行な面をなくすという意味でも、調音パネルを設置することは有効です。
このように音をランダムに反射させることを「拡散」といいます。
よくスタジオなどにボコボコした壁や、穴がランダムに空いている壁がありますが、それは拡散の機能を担っています。
音場補正ソフトウェアの導入
音場補正ソフトウェアとは、その名の通り音場を補正するためのソフトウェアです。キャリブレーション・ソフトウェアとも呼びます。
専用のマイクで部屋の音響特性を測定することで、その数値に応じて周波数特性がバランス良くなるようにソフトウェアがエコライジングをかけてくれます。
以下にメジャーなソフトウェアを貼っておきます。
- SoundID Reference - Speaker & Headphone Calibration| Sonarworks
- ARC System 3 - IK Multimedia|Hookup,inc.
条件を左右対称に
音をモニターする際は、左右で条件が大きく異ならない方が好ましいです。
例えば、右側に大きな本棚があり、左側は窓となっているとします。
本は柔らかい素材なので音を吸音しやすいですが、窓は音を反射しやすい素材です。そのため、左右で音のばらつきができてしまいます。
左右の条件を整えることで、耳に届く音も比較的左右対称に聞こえます。
モニタースピーカーのセッティング
モニタースピーカーのセッティングにもポイントがあります。
以下にご紹介します。
置く位置を調整する
反射音が大きすぎると適切なモニター環境ではなくなってしまいます。
モニタースピーカーのセッティング位置を調整することで、反射音を調整しましょう。
部屋はどんな形であれ、縦長のことが多いです。
そのような部屋の場合は、長さが短い方の壁に設置すると良いでしょう。
理由は、スピーカーから出た音が壁に届くまでの距離があった方が、音が減衰し、反射音が軽減されるからです。
同様の理由で、スピーカーと壁からの距離は1m 〜1.5m 離すことが好ましいです。
また、スピーカーはリスニングポイントから左右対称に置くことで、音のバランスが取れます。
聴く位置(リスニングポイント)を調整する
モニタースピーカーを聴く位置も重要です。
適切なリスニングポイントは、左右のスピーカーを結んだ線を底辺とした正三角形、もしくは二等辺三角形の頂点です。この場所をスイートスポットといいます。
また、モニタースピーカーの高さは、耳の高さに設置することが好ましいです。
高さを調節するには、次項でお伝えするスピーカースタンドやオーディオボードを利用するか、もしくは椅子の高さで調節しましょう。
土台を調整する
モニタースピーカーの土台を調整することは、音質向上にも繋がります。
音は振動なので、空気(気体)だけでなく固体を通じて伝わります。固体を通じた音は音質が変化し空気中に放たれるので、音の歪みや劣化した音が混ざってしまいます。
そのため、モニタースピーカーと机の設置面が大きくなってしまうという理由から、机に直接モニタースピーカーを置くことはあまり好ましくありません。
このような問題を解決するには、スピーカースタンドやインシュレーター、またオーディオボードといった振動を抑えるツールを使用すると良いです。
インシュレーターとは、モニタースピーカーの下に置くことによって振動を軽減してくれるアイテムです。
また、オーディオボードとは、スピーカーやスピーカースタンドの下に敷くボードで、インシュレーターと同様、設置面から伝わる振動を抑えてくれる役割があります。
参考:モニターの選び方とセットアップの方法|ジェネレックジャパン
参考:正しい設置方法 - モニタースピーカー基礎知識 - プロオーディオ|ヤマハ
まとめ:自分の耳で確かめることが大切
以上、今回はモニター環境の整った DTM 部屋を作るアイディアをお届けしました。
色々ポイントをお伝えしましたが、人それぞれ部屋の素材、机の素材、部屋に置いてある物、窓の位置...etc.など、条件が異なります。そのため、この記事でご紹介したポイントと合わせて、自分の耳で確かめ、時には部屋の周波数特性を観察しながら調整していくことが大切です。周波数特性の観察には、「音場補正ソフトウェアの導入」でご紹介したようなソフトウェアを活用すると良いでしょう。
最後に、狭い部屋だけどお金をかけない部屋の工夫をご紹介します。(筆者体験談)
一人暮らしだと、制作部屋は6畳程度だと思います。筆者の場合、寝るスペースも同じ場所で、生活スペースと制作スペースのどちらとも犠牲にしない方法はないかとレイアウトを変えていった結果、以下のような配置に落ち着きました。
スピーカーを壁から1m 離すとなると、居住スペースが圧迫されてしまう。一方で、壁に近づけると音がぼやけてしまう。真ん中に置くことでスペースを確保しつつ、スピーカーを壁から離すことができました。
また、クローゼットをスピーカーの背面にすることで、洋服が吸音材代わりになります。
作業をする時はカーテンを閉めることで、音の反射を軽減させています。
私の知り合いには本棚を吸音+反射材代わりに利用している人もいました。
皆さんも色々試行錯誤して、快適な DTM 部屋を目指してみてはいかがでしょうか。
東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。