

マスタリングで楽曲はどう変わる?依頼するときの伝え方とは
マスタリングをすることで楽曲はどう変わるの?どんなオーダーで依頼したらいいの?など、いまいちマスタリングについて理解出来ていないクリエイターの皆さんに向けて、今回は、マスタリングエンジニアとしてASKAや八神純子の作品に関わるなど、第一線で活躍されている粟飯原友美氏に、マスタリングの重要性、依頼の伝え方、更にはAIマスタリングとの違いについてのお話を伺いました。
▼粟飯原さんのマスタリングエンジニアとしてのキャリアについて
▼マスタリングの基礎知識・使用機材について
マスタリングの依頼例
-マスタリングの依頼を受けるとき、どのような注文がありますか。
やっぱり音圧を上げたいという依頼はそこそこありますね。
あと、マスタリングに具体的にどういった要望を伝えれば良いのか分からないので、代わりに楽曲のイメージを伝えてこられるアーティストさんもいらっしゃいますね。
「この曲はこういうのが売りで」とか、それぞれの楽曲のイメージや制作に至る思いを記載して送ってこられた方もいらっしゃいました。サウンドのイメージとして「70年代か80年代の AOR の現代版として制作しました」といった感じや、「LAサウンドで」など様々です。具体的にリファレンスがある場合には、このアーティストさんのこの楽曲のイメージが近いです、といったような感じでリファレンス音源を送っていただくこともあります。
-リファレンス音源があるとわかりやすいですね。
そうですね。そうでない場合の例ですと、以前テクノ系のアーティストから依頼を受けた際「時に鋼鉄で時に液体金属のような、ダークで冷たい感じがイメージです。」という、楽曲のイメージだけを伝えてもらったことがあります。
だけど、その音源はミックスの時点で少し失敗していまして、それはアーティストさんからもそのように伝えられていたのですが、だいぶ前に創った作品で元のミックスセッションが消失してしまっているとのことで、その問題点の改善も合わせて依頼されました。
実際に、重低音が出過ぎていて、そこを削る必要があったんですよね。でもテクノなので低域のパンチ、キックのアタックなどはやっぱり出さなきゃいけない。
この件に対しては、「低域・スーパーローの空気感を壊さず重厚さを感じられる程度にタイトな方向に調整して、アタック・リズムを感じられる空気感を出して、ミッドからハイの金属系の音をパリッとさせることで冷たさを感じさせるサウンドにしました」と伝えました。
-ご依頼者のアーティストの方からの反応はいかがでしたか?
「各モニターヘッドホンやスピーカー、スマホでも非常に心地よく聴けており、大変満足しておりますが、一点だけ、車のモニターシステムではまだ低域が少しキツく感じる」とのお返事で、「元々のミックスの問題でもあるのですが、もう少し調整が可能でしょうか?」という相談がありましたので、出来るだけ低域が軽くならないように再調整をしてみました。その修正の後「完璧です!」といったようなお返事を頂きました。
また、以前からお付き合いのあるクライアントさんからは、「今回の楽曲はファンク系に作っておりますので、パキッとした感じになると理想的です」というご依頼を頂きました。
それを受けて私は最終的な納品後の報告として、「中高域をパリッとした感じにして、低域・重低音あたりは少しタイトな方向にしてます。輪郭は出てるので低域が弱くなった感じにはしてないです。」というように返しました。
クライアントさんからは「さすがの仕上がりだと思いました、これでバッチリです!」とお返事を頂きました。

-楽曲のイメージやコンセプトを上手く言葉にできないアーティストもいるのではないでしょうか。
そうですね。そもそもマスタリングを依頼することが初めてでどう要望を伝えて良いのか分からないというアーティストさんもいらっしゃいますので、その場合は、特に何か伝えていただかなくても大丈夫です。
楽曲を聴いて、マスタリングエンジニアとして私がこうなるとより良いと思う方向を目指してマスタリングをします。そして、確認用の音源を聴いてもらう時に「こう思ったので、こうしました。」と、しっかりと言葉で伝えるようにしています。
そうやって具体的にマスタリングでどのようなことをしたのかを伝えると、アーティストさんの言葉を引き出しやすくなりますし、修正が必要な場合でも具体的になってきますから、納得のいく仕上がりになってきますよね。
あと、レアなケースですが、楽曲のイメージをイラストにされていて、音源と一緒に送って来られた方もいらっしゃいましたよ。
-画像ですか。CDジャケットとかではなく?
一応言葉でも伝えてくれていたんですけど、楽曲のイメージを表した画像、ビジュアルを一緒に送ってきたんです。CDリリース用ではなかったので、おそらくその楽曲のアートワークとして使われる予定のイラストなんだと思いますが、楽曲のイメージは十分伝わりましたよ。
-プロフェッショナルの方々の、意図の汲み取りの能力はすごいですね。
ミックス音源を受け取ったらその作品を通して聴いてみて、その楽曲の到達点がどこなんだろうと考えるんですよ。
マスタリングは楽曲制作の最後の工程なので、完成イメージや到達点がどうあればいいかが明確に見えないと、やることも見えなくなっちゃうんですよね。ですから、常に作品から意図を汲み取るように意識をしています。
アーティストさんから特に具体的な依頼事項がなくても音から読み取って、「こうしたんですけどどうですか?」と伺います。
そうすると、何をどう伝えていいのかわからなかった方もその次に伝えやすくなりますし、コミュニケーションが取りやすくなりますよね。それと、私からマスタリングでやったことをきちんと伝えることでご納得いただき、多くの場合は、あまり修正を必要としない場合が多いのですが、もし些細なことでも気になることがあれば遠慮なく仰ってください、ということは必ず伝えています。
そのアーティストさんにとって、生涯にどれだけの作品をリリースされるのかは分からないですが、その一つ一つが予算と時間と想いをかけて制作される大切な作品ですから、出来るだけ寄り添って対応したいと思っています。もちろん、出来ることと、出来ないことがあって、ミックスに戻った方が早いしベストな場合もありますが、丁寧に説明しながらより良い作品としてリリースして欲しいと考えて常に向き合っています。

マスタリングを依頼するときに意識するといいこと
-音楽制作をしている方々の中で、マスタリングを頼んでみたい方に向けてアドバイスはありますか?
楽曲をどうしたいのかというイメージは明確に持った方がいいかなと思います。
目標とか到達点を考えるようにすると、段々言葉で楽曲の世界観を表現出来たり、サウンドの方向性などを伝えることが出来るようになってきますので、それをマスタリングエンジニアに伝えると、より理想的な仕上がりになります。これは、ミックスをミキシングエンジニアに依頼する時にも言えますね。
あとは、個々の楽器トラックの周波数帯をしっかり意識してミックスした方がいいと思います。
どこでどういう音がぶつかっているか? いらない音は一体何なのかということを知りたいときに、周波数帯をちゃんと理解してミックスしていると、きちんと分離が取れてまとまったサウンドにできると思います。
そうすることで、マスタリングで必要なポイントをイコライザーなどで出し引きしやすくなり、よりご要望にしっかり応えやすくなります。
-さらに言うと、より良い音をレコーディングできていると、ミックスやマスタリングにも良い影響がありますよね。
そうですね。私が制作に関わってるジャズサックス奏者の話ですが、コロナ禍に入って機材を購入して、ご自分で自宅で録音するようになったことで、レコーディングエンジニアと仕事するときに、前より明確に要望を伝えられるようになったと言ってたんですよね。
それと、マイマイクもありますから、このマイクでこう録れば自分の納得する音が録れると分かっていれば、安心感もあってより良いレコーディングに繋がりますよね。良い音を出して良いレコーディングが出来るっていうのは大事ですね。
宅録される方は、そういう経験をしている人もいると思うんですけど、自分で録音した音を聴いてまた録音してという繰り返しの中で、段々いろんなことが見えてくるので、たくさんトライして、より良い音をレコーディングするチャレンジをしてみるといいと思います。

AIマスタリングとの違い
-AI の台頭もあり、音楽制作を最後まで個人で完結できてしまう時代だと思うのですが、そんな中、プロフェッショナルの手を借りたり人と一緒に作ったりすることの良さは、どんなところでしょうか?
先日も、AI マスタリングのサービスを使ってみたけど、結果が良くなくて私のところに依頼してくれた方がいました。
AIマスタリングは、今は、いろんな楽曲のジャンルの学習のほか、音響的、エフェクトのパラメーターまで、多岐にわたり学習しているのですが、結果は割と大胆な事になりがちです。的確なポイントを的確に調整すれば実現できることも、AI には難しい場合もある。
細かい調整で、空気感や躍動感を作ることが、人間の手だとできるんですよね。
少し前の情報にはなってしまうのですが、去年 Sleepfreaks さんの企画で、AI マスタリング対決をやったんですね。その時に思ったのは、AI はやっぱりすごく学習してて、安いし早いしそれはそれですごいなと思ったんですよ。
だいぶ進化してるなとは思ったんですけど、「ここは良いんだけど、ここはやりすぎている」という修正は難しいし、ほんのちょっと調整したいというさじ加減が大胆になってしまう。
やっぱりそこは AI では追い切れない部分なので、今のところ人間のマスタリングの有利な点じゃないかなと思っています。
私のスタジオでマスタリングを初めて体験した方が、曲の雰囲気がガラッと変わったときに「すごいマジックだ」なんて言ってくれるんですけど、全然マジックは起こしてなくて(笑)
ちゃんとセオリーがあるんですよね。ここの部分を 0.何dB カットしましたというように、周波数帯がこうだからこうすればこうなる、みたいなポイントがあるんです。そういったことを理解して作業しないと、なかなか思ったような結果が出ないことはあると思います。
-人に音楽のマジックを感じさせるという意味では、やっぱり人の技術が必要ですよね。
やっぱり音楽なので、楽しく聴けないとダメだと思うんですよ。
単純に楽しい曲だけじゃなくても、悲しいとか苦しいとか怒りだったりとか、楽曲にはいろんな想いが込められているので、その込められた想いを、音楽として楽しんで聴いてもらうための、最後のブラッシュアップがマスタリングです。それをを汲み取ることが、人間にできることだと思うんですよね。
修正が必要な場合によくあるのは、「あと、ほんの少し」といったさじ加減でのご要望が多いんですけど、AI に「ほんの少し」はなかなか伝わらないと思います。
-時代の変化に向き合う努力を日々されていると思いますが、この仕事に対してのモチベーションというのはどこから来るのでしょうか?
やっぱり楽しいってことかな。
それと、もっとその先に行きたいという気持ちがすごくあります。
今回ベストなものを作ったけど、次にやることは違うかもしれないし、もっといいものが作れるかもしれない。さらに自分の技術がもっと磨けるかもしれない、と思っているんです。
あと、アーティストさんにとっての作品は、人生の中での大事な作品の1つなので、後悔なく納得のいく作品に出会って欲しいという思いがすごくあります。
そのためにできることをして、一緒に作り上げるのが楽しいんです。
作品に関わることで、マスタリング以外のちょっとしたことでアドバイスやお手伝いをさせていただくような時も、そうやって少しでもアーティストさんの役に立てるということ自体が楽しいんですよ。
些細なことであっても助けになるのであれば、それは自分にとってのモチベーションになるし、対価以上のものが得られると思っています。
まとめ
今回は粟飯原さんにマスタリングの重要性、依頼の際に必要な心構えなどについてお話を伺いました。
楽曲の到達点をイメージしてそこに対して的確なアプローチを施す。これこそプロフェッショナルだからこそ成せる技術だと思いました。
最初は言葉での伝え方がわからなくても、音から汲み取ってもらえたり、コミュニケーションを取るうちに、イメージする完成形が見えていくかもしれません。
楽曲制作者のみなさんは、最後の最後まで納得のいく楽曲にするために、マスタリングエンジニアに相談してみてください!
粟飯原友美氏プロフィール
生楽器の質感、呼吸、空気感、グルーヴ感などを大切にし、自然に且つダイナミックに仕上げることをコンセプトとし、ロックのような力強さと、ジャズ、クラシックのような繊細さを使い分け、楽曲のもつ世界を引き出すことに定評がある。
代表作としては、ASKA、八神純子、warp jam、平陸、間宮慎太郎、松井慶子、鈴木慶江、井上銘、LEN、他、海外アーティストを含め、多数。
ホールでのクラシックの録音やライブレコーディングなどでも活動中。
生年月日:1971年4月13日
出身:千葉県千葉市
出身校:センターレコーディングスクール、明治学院大学
趣味:キャンプ、スノーボード
粟飯原さんへのご依頼はこちらから!
Winns Mastering


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