マイケルジャクソン、リチャード・ティー...数々の現場を経験した深田晃氏が感じる日本と海外のエンジニアの違い|「今やっているゲームだけに入り込むのではなく、世界を広げることは必要」
深田さんは常に世界を視野に入れて活動し、AES(Audio Engineering Society)の会員、さらに海外アーティストのレコーディングやグラミー賞の米国レコーディング・アカデミーの「Voting Member」として音響の最前線に携わっていらっしゃいます。 そんな深田氏が感じる、エンジニアにおける日本と海外の違いはどのようなものなのでしょうか? 深田氏の豊富な経験とともに、彼が感じる日本と海外の違いについて詳しく探ります。
Journey(ジャーニー)や Michael Jackson(マイケルジャクソン)、Richard Tee(リチャード・ティー)....国境を問わず、幅広いミュージシャンやエンジニアと仕事を共にしてきた深田氏。
音楽スタジオで下積み時代を過ごし、CBS・ソニー、そして NHK チーフエンジニアとキャリアを積んできた深田氏は、様々なアーティストのレコーディング、テレビ番組やコンサートなどの海外中継に携わってこられたとのこと。
前回の記事では、深田氏の音楽キャリアについて詳しく伺っているので、合わせてご覧ください。
深田さんは常に世界を視野に入れて活動し、AES(Audio Engineering Society)の会員、さらに海外アーティストのレコーディングやグラミー賞の米国レコーディング・アカデミーの「Voting Member」として音響の最前線に携わっていらっしゃいます。
そんな深田氏が感じる、エンジニアにおける日本と海外の違いはどのようなものなのでしょうか?
深田氏の豊富な経験とともに、彼が感じる日本と海外の違いについて詳しく探ります。
下積み時代で感じた違い「アメリカ人のエンジニアの方がマイクの立て方を教えてくれた」
-深田さんは、CBS・ソニーでアシスタントをされていた時から、海外アーティストやエンジニアの方達とお仕事をされていたのだとか?
そうですね。
当時の日本は景気が良かったので、Journey(ジャーニー)や Michael Jackson(マイケルジャクソン)、Richard Tee(リチャード・ティー)、Jim Hall(ジム・ホール)...など、外国からアーティストやエンジニアの方達がたくさん来日していました。
-下積み時代に海外のアーティストやエンジニアの方達との仕事を経験したことで、特に役に立ったことはありますか?
僕がレコーディングのアシスタントをしていると、アメリカ人のエンジニアの方がマイクの立て方を教えてくれたんです。
それだけじゃなくて「Because (なぜなら)」という言葉が続いて。
例えば、「これはこの床の反射があるから、こういう角度にした方がいいよ」という理由まで教えてくました。
当時の日本のエンジニアは黙って見て覚えろという文化だったので、誰1人としてそういうことは教えてくれたことはありませんでした。なので、海外エンジニアとのレコーディング経験はすごく役に立ちましたね。
-著名なアーティストが沢山きたと思いますが、その中でも印象深かったエピソードはありますか?
印象深かったエピソードはいっぱいありますね..。
例えば、Stuff(スタッフ)が来日した時、彼らが日本のアーティストとレコーディングするっていう雑誌の企画があったんです。エンジニアも向こうから一緒に来ていて、僕はそのアシスタントをやっていました。
エンジニアの人がコンソールに座って各楽器のバランスをとっている時、その横に座っているアレンジャーの人が音を確認するために、ちょっと手を出してギターの音量を上げたりすることはよくある光景だと思うんです。
この時も同じようなシチュエーションが起きました。
そしたら、エンジニアの人がアレンジャーの人の手をバーンと振り払って「勝手に触るな。これは俺の仕事だ」って言って。
その光景を後ろで見ていて「うわ、すごいな」って思いました。
別に喧嘩してるわけではなかったですが、なあなあでは一切なく、役割がはっきりしているのが印象的でした。
-それはなかなか衝撃的ですね。
衝撃的でしたね。
あとは、今の音楽制作って効率を求めるので、例えばピアノを弾いていてミスをしちゃったら、そこだけ直したりするじゃないですか。
Richard Tee(リチャード ・ティー)(※1)は、そういうことを絶対やらないんです。
曲の最後の方で間違えても必ず「From the top (頭から)」って言って、絶対に通して録音するんです。
そこがなんか彼の楽曲に対するこだわりだったのかな。もちろん時間もかかりますけどね。
(※1)Stuffのメンバー。ピアニスト。
-かっこいいエピソードですね。
深田さんはMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)のボーカルレコーディング時にアシスタントをされたご経験があるとお伺いしましたが、印象的に残っていることはありますか?
Michael Jackson 本人は、私たちが知っているマイケル・ジャクソンだなっていう印象だったんですが、当時 80 歳 Bruce Swedien(ブルースウェーデン)(※2)というエンジニアも一緒に来ていて、その方がとても印象的でした。
その時は日野皓正(※3)さんがトランペットを担当してたんですが、Bruce が日野さんに、マイクを立てたところに向かいながら吹いて歩いてきてって言ったんです。
それで、日野さんが吹きながら向かってくると、「そこでストップ!そこで演奏して!」って(笑)。
なかなか面白いレコーディングでした。
(※2)アメリカの伝説的エンジニア。Michael Jackson をはじめとして、Paul McCartney(ポール・マッカートニー)や Barbra Streisand(バーブラ・ストライサンド)など、数々の一流アーティストのレコーディングを担当していた人物。
(※3)日本のジャズミュージシャン。トランペッター。Richie Beirach (リッチー・バイラーク)などの数々の一流アーティストと共演し、1989 年には日本人で初のブルーノートレコードとの専属契約に至った人物。
海外と日本の違い「痒いところに手が届くのは、日本のサービス精神みたいなところがあるんだと思います」
-Abbey Road Studios(アビー・ロード・スタジオ)をはじめとした、海外の様々なスタジオでもレコーディングをご経験されてると思いますが、日本のスタジオとの違いを感じる部分はありますか?
日本のスタジオだと、優秀でよく働いてくれるアシスタントの人がいますよね。
そういうシステムは海外にないんですよ。
もちろん、そのスタジオにいるスタッフの人がレコーディング前のマイクのセッティングだったり、パッチングは手伝ってくれるんですけど、それが終わったらエンジニアのワンマン作業です。
これはアメリカ、そしてフランスのスタジオでもそうでしたね。
日本は特殊だと思います。痒いところに手が届くのは、日本のサービス精神みたいなところがあるんだと思います。
-人や環境による音の違いは感じますか?
やっぱりアメリカと日本は全然違いますね。
アメリカは低音がすごく豊かなので、その感じで聞くと日本は低音が全然無いです。
日本にも低い音だと太鼓とかありますけど、近年の Hip Hop のような低音が「ドーン」という感じの音はないですね。これは日本だけじゃなくて、中国の音楽も日本と同じで、割と高い音が多いです。
この音の違いはどちらが良いとか悪いとかじゃなくて、もう本当に人種というか、文化や環境、国民性...そういった違いだと思います。
例えば畳の部屋で聞く音と、石作りの家で聞く音とかの感じ方の違いなのか...とかね。
エンジニアの立場とこれからの教育について「日本のエンジニアは、少し立場が弱いと感じます」
-先ほど、エンジニアがアレンジャーの手を振り払ったというエピソードが衝撃的でしたが、日本と海外でのエンジニアの立場に違いは感じますか?
日本のエンジニアは、少し立場が弱いと感じますね。
例えば、クラシック音楽の録音をしているとして、著名な指揮者にエンジニアが意見を言うのって、それなりの知識と覚悟がないと言えないじゃないですか。
「ここのテンポちょっと早いですよ」とか急に言ったら「何言ってんだ!若造が!」って言われるかもしれないし。
ドイツにはそういう風にならないために、Tonmeister(トーンマイスター)っていう音に関する国家資格があるんです。
これは音楽大学で得られる資格なんですけど、自分が専攻する楽器と何か専攻を4年間学んで、さらにもう2年でテクニカル的なことを学ぶんです。
それで合計6年通って卒業ができたら、音楽家としても十分な知識があって、尚且つ録音の技術も持っている人として Tonmeister という資格がもらえます。
そこでよくあるのは、エンジニア役とディレクター役で何かやって、次の日は逆だったり。つまり、両方できるように教育されているんです。
私はそこの学校を出て音楽家になった人たちも知ってますし、もちろんテクニカルの方に行った人も知ってます。
こういった資格を持っている以上は、一緒に音楽を作るメンバーとして物申せると言いますか。
仕事としてちゃんと自分の思いを伝えるっていうことはできるようになると思います。
ただ、日本の経済状況にもよると思いますし、いきなり日本も同じようにと言ったら難しいとは思いますけどね。
経済にゆとりがあればより時間かけられますけど、音楽制作にかける予算は昔と今では格段に違いますからね。
-音楽や楽器への理解がないと、なかなか音楽的な部分に物申すことは難しいですよね。
そうですね。
結局、エンジニアの技術自体はそんなに難しいことじゃなくて、必要なのは技術だけではないんです。車を運転する、みたいなことに近いのかな。
上手くドライブするためには、 前の車も気をつけながら、横に走る自転車も気をつけながら、 横断歩道を渡ろうとしてるおばあちゃんも見ながら....っていうように、すごく神経を使って運転しないといいドライバーにはなれないじゃないですか。
ただ録音してるだけじゃなくて、ある音楽を作る仲間として一緒に仕事をしてるわけだから、誰かが音楽的な談義をしていたらその話に入れるぐらいの自分の知識がなければ孤立しちゃうっていうか。
もしくは知識が無ければ無いなりに話ができる関係性を築けないと、ただ言われたことをやるだけの人になってしまう。
そうなってくると、立場は上には上がれないと思います。
-これからエンジニアを目指す人や、今やっている人たちは、どのようなことが必要だと思いますか?
おそらくこれはどんな仕事でも言えるんですけど、今やっているゲームだけに入り込むのではなく、 世界を広げることは必要だと思います。
日本の専門学校の場合は Pro Tools(プロツールス)(※2)を早くオペレートするとか、そういったアシスタントになるための教育を専門学校に通う2年間の中に詰め込まれているんですよね。
本当は、それプラスでその他の社会勉強とかがあればきっといいんだろうなとは思います。人としての器を大きくしないと、なかなか難しいところがあるから。
(※2)Avis 社が発売している DAW ソフト。
エンジニアやプロデューサーで使用している人が多く、「業界標準の DAW」とも呼ばれている。
若手エンジニアに向けて「コミュニティに参加すると、視野は本当に広がります」
-これから頑張りたいと思っている若手エンジニアが最初の一歩として頑張るべきことはなんだと思いますか?
英語を勉強するのも良いと思います。
-深田さんは英語はどのように学ばれたんでしょうか。
僕の場合、英語は適当ですけどね(笑)。
ただ、色んな国に友達がいるので、そういう人たちと話したり、仕事をすると毎回刺激を受けますね。
私は NHK に入社してすぐくらいに 世界で唯一のオーディオ関係の団体である AES(Audio Engineering Society) に入ったんですよ。
そこでは学校の先生がいたり、Hip-Hop のアーティストがいたりして、みんなで一緒に学んでいる感じがあって。
集まっている人たちはみんな同じような仕事をしてる人たちだから、すぐ仲良くなれて行くたびに友人ができるんですよね。そういったコミュニティに参加すると、視野は本当に広がりますね。
私はコロナになる前までは、毎年 10 月にニューヨークへ行っていました。
TC ELECTRONIC っていう、ギターのエフェクターとかを作っているデンマークの会社があるんですけど、以前参加した時は当時そこで開発をしていたトーマスという方とすごく仲良くなって。
そしたら、一度会社を見に来ないかって彼が会社に招いてくれて、デンマークのオーフスという都市にあるオフィスを訪ねに行ったこともあります。
そこには社員食堂があって、何食べてもいいよって言われたり(笑)。
そんなこんなで、この間ドイツでちょっとイベントがあった時に、また彼が来てて「久しぶり」って話したりしました。
まとめ
今回の記事では、エンジニア視点での日本と海外の違いについて伺いましたが、教育、働き方、さらには文化による音の違いまで、インタビューの中で様々な点が伺えました。
「今やっているゲームだけに入り込むのではなく、世界を広げることは必要だと思います」という深田氏の言葉が特に印象的でした。
どんな職業においても、今いる環境だけでなく、様々な世界に目を向けることが、自分自身、さらには業界全体の発展に繋がる鍵なのではないでしょうか。
積極的に他の国の人と話してみるだけでも、新たな発見につながるかもしれません。
深田晃氏プロフィール
CBS SONY(現:Sony Music Entertainment)や NHK放送技術制作技術センターでチーフエンジニアとしてキャリアを積んだ後、自身の会社である dream window inc. を2011年に設立。
NHK交響楽団やサイトウキネンオーケストラといったオーケストラ、スタジオジブリ作品『思い出のマーニー』や 北野武監督作品『首』などの映画サウンドトラック、Jazz ピアニスト Richie Beirach(リッチー・バイラーク)のバラード集『Ballads』などの海外アーティストとの作品など、様々なジャンルでレコーディングを担当。これまでに数々の CD 制作、TV 番組、映画にエンジニアとして携わる。
2011 年〜2024 年まで洗足学園音楽大学の客員教授を勤め、教育にも取り組む。
名前:深田晃(ふかだ あきら)
所属:dream window inc.(ドリーム ウィンドウ)
参加学会:
AES(Audio Engineering Society) Fellow
IBS 英国放送音響家協会会員
米国レコーディング・アカデミー(所属:ニューヨーク)
プロデューサーズ・アンド・エンジニアズ・ウイング
生年月日:1953年8月24日
出身:大阪府
出身校:関西大学工学部
趣味:旅行
東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。