音楽業界と働き方 | 長崎県島原に移住したサウンドエンジニア〜前編〜

リモートワークが一般的になり、私たちの生活拠点も変わりつつあります。出勤時間の削減、理想の場所での生活。「どこでも仕事ができる」という新たな基準が働き方の選択肢として広がっています。 しかし、依然として最先端の情報や仕事は、東京や大阪といった都心に集中しているように思われます。音楽業界でも、「音楽の仕事をするなら東京」という信念を持つ人は多いでしょう。 では、音楽に携わりながらも、働き方を選ぶことはできるのでしょうか。 このインタビューシリーズでは、自分の理想の生活を実現している音楽のプロフェッショナルたちに注目します。音楽業界における新たな働き方の可能性に迫りましょう。

asu
2023-11-018min read

「宇多田ヒカル:ヒカルの5 DVD 武道館ライブ UTADA japan promotion」、「CASIOPEA:20thアニバーサリーライブ」、「東京フィルハーモニー管弦楽団:フジテレビ番組収録」など多数の作品を手がけてきたエンジニア・津吹 龍辰(つぶき たつたつ)さん。

津吹さんは、都内のスタジオでサウンドエンジニアとしてのキャリアをスタートさせ、フリーランスとして20年以上のキャリアを積んできました。

しかし、現在は長崎県島原に拠点を移して活動し、音楽のお仕事をされています。なぜ、アクセスが良いとは言えない島原への移住を決断したのでしょうか。そして、どのように音楽のお仕事に携わっているのでしょうか。

そこには、新時代の音楽への道標がありました。

前編・後編の2回に分けてお届けします。前編の今回は、現在のお仕事と、リモートでの楽曲制作について伺います。


現在のワーキングスタイル

-まずは、現在のお仕事についてお聞かせいただけますか。

仕事はいっぱいあるけど、とりあえず順に挙げると、レコーディングエンジニアと、ミュージックプロデューサーの仕事があって、ドラムも叩くので、ドラムレッスンもやっているし、マシュルミュージックスクールという専門学校の先生をオンラインでやっています。まず音楽の仕事はそんなところかな。

あと、会社をやっているので、スタッフの皆さんのプロデュースです。事業内容としては、携帯電話の代理店もやっています。他には、もともと僕自身がこちらの島原に移住してきたキッカケでもあるのですが、実は有明海の海苔を作っています。そして、今住んでいるところのご縁で仕事に繋がったお花屋さんがあるんですが、そこの会社のコンサルをやったりもしています。あとは、社会投資家というか、インベスターの仕事もやっていますね。

基本的には、音楽以外の仕事は自営業になってから勉強したことで、だんだん仕事になっていった感じです。

-幅広く事業を展開されているのですね。割合的に一番仕事量が多いのは、どのお仕事なのでしょうか。

最初にぶっちゃけちゃうと、もう僕は音楽については、好きな仕事しかやっていないんですよね。

いわゆる投資の仕事って、 労働収入じゃないから、病気になろうと何をしていようと、ずっと収入はあるわけですね。

一方で、レコーディングエンジニアとか、実は料理教室の先生とかもやってるんだけど(笑)、 これらは労働収入なんですよね。つまり、時間と自分のスキルを提供する種類の仕事です。

これらの中で、どれが1番多いかというと、今は投資の仕事がほぼ多いんだけど、でも、レコーディング自体も、もうずっとやっています。結構難しいお仕事になってくると(受けられるエンジニアが限られるので)オファーが来るわけです。

今までのスタイルだと、CDを1枚作るためには、毎日スタジオに行く必要があったので、一般的な会社勤めの人と同じように仕事場と家を行ったり来たりをしていました。現場としては全国的にあるから、いろんなところで仕事はするんですけど。でも、それもスタジオに行くんじゃなくて、僕の好きなところで録りたいからそこに行く、というスタイルでやっていますね。

-指定されたスタジオで録音するのではなくて、逆に津吹さんのイメージで録音できるスタジオを指定できるんですね。

そうですね。人に言われるよりかは、提案をしていく側なので「これだったら、ここでこうやったらどうかな」といった話をしますね。制作費なども考えて、出来る範囲のプランに合わせながら、一番いいスタイルを作って「じゃあ、みんなで行こう」といったように仕事をしています。なので、ほとんどレコーディングの仕事で東京には行かないんですよね。

そういうスタイルになってきているから、割合的には、レコーディングとか音楽の仕事は、 大体2ヶ月に1回ぐらい大きい仕事があります。ライブを1本やると、事前の準備をしたりするので、やっぱり1週間くらいかかっちゃいます。今の時代は、PA、レコーディング、配信、など全部1人でやらないといけないから、時間がかかります。

なので、仕事の量的には何が一番多いかというと、毎日事務的な仕事がある「投資家」ですね。その次が音楽関連で、その次に花屋がありますね。

実は、海苔を作るのは冬だけなんですよね。寒くなっちゃうから(笑)。

リモートで大切なこと

-少しお話しを伺っただけでも、現代人の夢を叶えたような生活をされてるなと思いました。ストレートに言うと、もうお金の心配がないくらいの投資の基盤があって、それで好きな音楽の仕事を選んでいるのですね。

そうですね。本当に、この30年間くらいすごく考えて、いろんな人と出会って、やっとたどり着いた場所かも知れないです。

-とっても素敵な生活ですね。一方で、音楽活動は選んで受注されているということで、 リモートなどでもやり取りされることが多いのでしょうか。何か注意されているポイントはありますか。

リモートのポイントは、そのやり方に持っていくまでの、お互いの信頼関係が大事ですね。

基本的に音楽って、目の前にいて一緒に演奏するっていうスタイルじゃないですか。僕は、長く続けてきた知り合いとしか仕事をしていなくて、新規の人はしないんですよね。

新規の人とリモートでお仕事をする場合は、大変だと思います。知らないもの同士が、会ったこともないのに画面越しで初めて会話をするわけじゃないですか。お互いによく分からない間柄で会話をすると、変な表現かもしれないけど、結構出会い系になっちゃうんですよね。だから、そこで途切れちゃって信頼がなくなっちゃうんです。

オンラインで一緒に仕事をする人というのは、すごく仲良しで長く一緒に仕事をやってる人です。お互いのことがすでによく分かった状態の関係性になったら初めてオンラインにしています。

-そういった信頼関係をしっかり築かれてから、リモートにされているのですね。

みんなね、オンラインを使ってお金を払って「情報だけ欲しがってる」じゃないですか。

全然人間関係がちゃんとできていない中で、 相手の情報をなんとか抜き取るっていうのが今の時代になっちゃってるんですよね。僕はいつも言ってるんだけど、これは原理原則ではないんですよね。信頼関係がなくなっちゃって、ただのお金だけの関係になるから、それは長く続かないんですよね。

そういう人と仕事をすると、最初は同じ方向に向かってベクトルが動くんだけど、これを長くやっていくと、0.1度ずれただけで、最終的なゴールには1000キロのズレが発生します。ほんの数度のズレが最終的に大きな差になるわけです。

だから、留意していることとしては、絶対に、ちゃんと会って話をすること。だから僕は必要な時は必ず会いに行きます。最初はたくさんお話しをして「どんなことをしたい」というところから話を聞いてから仕事を始めます。

-出来上がる楽曲には、どのような影響があるのでしょうか。

例えば、ギタリストに仕事を依頼してギターを弾いてもらって、録音したテイクを送ってもらっても、お互いに知らない人だから、多分自分と相手の「ビートの違い」みたいなものが出るんですよね。もう音で聞いて分かるんですよね。なんかちょっとズレてるのが。その、自分のビートと相手のビートの違いみたいなものが、顔を合わせてずっとやってる人だと「この人はこう」って癖が分かります。そうするとその先が読めるから、もっと深い作品ができていきます。

リモート時代の楽曲制作

-すごく腑に落ちました。コロナ禍もすごく長くあった中で、 今後どういう仕事の流れになっていくとお考えですか。

コロナ禍に、星野源さんが自分でギターを弾いて、その動画に他のユーザーが歌とか楽器を重ねて参加するっていう楽曲(※1)があったでしょ。そうしたスタイルのことを、僕はもう20年前にやってたんですよね。

なので、コロナ禍で僕がまだ東京にいた時は、東京でブラス部の仲間がいて、この子たちと動画の配信をやっていたんです。その動画の撮り方というのが面白いんだけど、編成が、ピアノとソプラノ歌手と、チェロと、ゲスト枠、という感じで、ゲストにはピアニカをやっていたりクラリネットが入ったりするんだけどね。その編成で、全然対面で会ってないのに同時に演奏することが可能なわけなんですよね。 僕、20年前にずっとこれをやっていて、流行らなかったからやめたんだけど、たまたま「このスタイルが流行るの今なんだ」と思って、じゃあもう一回やってみようか、と思ってやっていました。

(※1)星野源「うちで踊ろう」。コロナ禍で外出自粛ムードが漂う2020年4月に、星野源のSNSで公開された楽曲。動画の概要欄で、他のユーザーに対して歌や楽器、ダンスなどを重ねる形でコラボレーションを推奨し、話題となった。

-すでに行われていたんですね。どのように楽曲にまとめるのでしょうか。

携帯電話を使います。iPhoneの性能も上がって、すごく音もカメラも良いから、これで全部出来ます。これでメンバーにそれぞれ録画してきてもらいます。

レコーディングの基本的な順番と同じように、必ずリズム楽器から録画を始めてもらって、その次にメロディー、あとは上物を撮ってきてもらうんだけど。例えば、最初にピアノの伴奏を撮ってもらうんだけど、それを1回僕のとこに送ってもらいながら、今度それを次の楽器の人に送る。 次の人もそれを聞いてもいながら演奏する様子を録画してもらって、僕にまた録画できた映像を送ってもらって、それまでの動画と音声を合わせて次の人に送る、という風にやっていくと、タイミングは絶対合うわけです。

それで、僕のところで全部の動画を Final Cut で編集して、音は Pro Tools で全部ミックスすれば、全部1本の動画にできちゃうわけよ。そういうやり方で皆やってるわけです。

-そうした方法で制作されていたのですね。

昔のことが今ちょっと巡ってきたみたいな感じですね。

東京都でも「アートにエールを!東京プロジェクト」ってあったじゃないですか(※2)。あれは動画を送って採用されると10万円の出演料をいただけて、ちゃんとサイトにも載せてもらえるっていう取り組みでした。それをまたバンド活動の YouTube チャンネルにも載せられる、というものだったんですけど、コロナ禍はそうした制作活動や依頼が多かったです。

(※2)「アートにエールを!東京プロジェクト」は、令和2年4月に東京都及び公益財団法人東京都歴史文化財団が立ち上げた、芸術文化活動支援事業。コロナ禍で活動を自粛せざるを得ないプロのアーティストやスタッフ等が制作した作品をWeb上で発信する機会を設け活動を支援するとともに、在宅でも都民が芸術文化に触れられる機会を提供するプロジェクト(「アートにエールを!東京プロジェクト」はこちら)。


現在のワーキングスタイルや、リモートでの楽曲制作について具体的に教えていただきました。時代が変わりながらも、「信頼関係」などの大切なものは変わっていないようです。

今まで培ってこられた経験と、積み上げてきた信頼関係が、楽曲制作に直結していることが分かりました。

では、これから音楽の仕事をしながらも、住む場所を自由に選びたい人は、どのようにキャリアを積んでいけば良いのでしょうか。後編では、津吹さんご自身の体験も伺いながら、そのヒントを探ります。


津吹龍辰氏プロフィール

長崎県島原にて

1969年1月30日生まれ、広島県出身。
レコーディングエンジニア/プロデューサー/ドラムテック/フィッシングインストラクターとして活躍中。エンジニアとして30年以上のキャリアを持つベテラン。
2020年より長崎県島原に移住。自身の経験を「津吹龍辰直伝!レコーディング&ミックスコラム(「マッシュミュージックスクール」)」として発信している(https://www.mush-music-school.com/tag/tsubuki_tatsu/ )。
他にも、「fmしまばら」にて絶賛放送中「ツッチーとマユのサウンドマイグレーション!」、「ツッチーのベストヒットヒストリー」のパーソナリティを務めるなど、幅広く活動を行っている。
代表作に、「宇多田ヒカル:ヒカルの5 DVD 武道館ライブ UTADA japan promotion」、「CASIOPEA:20thアニバーサリーライブ」、「東京フィルハーモニー管弦楽団:フジテレビ番組収録」など多数。

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asu

5歳の頃にピアノを始め、鍵盤や打楽器に触れる。 学生時代はヒットチャートを中心に音楽を聴いてきたが、 高校生の頃にラジオ番組を聴くのが習慣になり、 次第にジャンルを問わず音楽への興味を持つようになる。 野外フェスや音楽イベントへ通い、ライブの持つパワーや生音の素晴らしさを実感。 現在はピアノと合わせてウクレレを練習している。 弾き語りが出来るようになるのが目下の目標。

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