ミックス方針打ち合わせ、ミックスチェック立ち合いの現場レポートをまだご覧になっていない方は、以下からご覧ください。
「第一線で活躍しているエンジニアはどのような処理をしているのか?」「このようなサウンドはどのようなエフェクトを使用しているのか」など、気になる方も多いはず。
この「MIX解説with渡辺省二郎氏」シリーズでは、渡辺氏が『アゲハ』に施したミックス処理を、全3回に分けてご本人に解説していただきます。
今回はドラムの処理についてお伺いしました。
【今回の題材】
- 曲名:アゲハ
- アーティスト:水村宏輔
ドラムの処理について
プロデューサー:
『アゲハ』のミックスをお願いして、自分たちでは出せなかったサウンドや目指していたところの色んな引き出しを開けて頂いたなと思っています。
今回は、各トラックにどんな処理を施されたのかを詳しくご解説頂ければと思います。
まずはドラムからお聞きしたいと思いますが、素材を聞いた段階からどんな処理をしていこうと描かれましたか?
渡辺氏:
この曲のサビはギターなどで音の壁のように仕上げた方がいいと思っていたので、そうなった時に元の素材のドラムの音ではついてこないと思いました。
キックの方は元の素材を波形で見ると分かるんですけど、アタックが少なくてリリースが長いです。これだと曲の中で低音が埋まっちゃうんですよね。鳴りっぱなしとまでは行かないですけど、圧迫感がある低音になってしまいます。なので素材を足してレイヤーにしています。
新しく足したキックはアタックがあって、リリースも変に長くないです。なのでこの2つの位相を合わせて、トリガーした後に調整をしたものを曲中で使っています。
反対に、スネアはアタック強すぎる感じがあって。サビはキックが4つ打ちで、スネアが2、4拍で入るパターンですよね?そうすると、キックとスネアのアタックがバッティングする事が多いんです。
あと、ギターで壁のサウンドを作った場合、元の素材のようなリムが強くかかっているスネアのサウンドって曲中で聞こえにくいんですよね。リムがかかっている「カンカン」という音のスネアよりは、リムがかかっていない胴鳴りの太い音の方が、最終的に聞こえてくることが多いので、スネアの方はボディを足しました。
これにさらにコンプレッサーをかけてアタックを潰しています。
なので、キックとスネアはそれぞれ音をこちらで足しているんですけど、方向性は逆のものとなっています。キックはアタックを足す方向性のもの、スネアはアタックを抑えてボディを足す方向性のものです。
プロデューサー:
キックが元々の素材だけだと曲中で他の音に埋もれてしまう場合、僕だったらリリースの部分である低音の部分を持ち上げたくなるんですけど、アタックのピークを足した方が耳に届いた時に良いということですか?
渡辺氏:
この曲だとそうですね。もちろん曲によります。
アタックを上げすぎるとピークが邪魔になることもあります。
プロデューサー:
この曲の場合はピークの方を足した方が良い理由の一つとして、他のオケが埋まっていたりとか、そういったことも関係がありますか?
渡辺氏:
そうですね。
プロデューサー:
なるほど。このような処理をしてもらったことによって、サビの厚みが増したと感じました。
渡辺氏:
生ドラムは特に派手なので、リムをかけて「カンカン」っていう音に行きがちですけど、特にこういう4つ打ちの場合はリムをかけないで、しっかりボディを鳴らした方が後々出てきますね。
リムをかけるとしても浅くかける…まぁ浅くかけるのはドラマーにとってはテクニックがいることなので、すぐそれでやって下さいと言ういうのは難しいと思いますけどね。
プロデューサー:
曲によって、キックにアタックの部分を任せる、鳴りの部分をスネアに任せるなどの判断を下していくんですね。
渡辺氏:
はい。4つ打ちじゃない曲であればまた対処は変わって来ますね。
使用した空間系エフェクトについて
プロデューサー:
キック、スネアなどにかかっている空間系のエフェクトについてもお伺いしたいです。
渡辺氏:
ドラムはスネアのロールにリバーブを若干かけているぐらいで、ドラム全体にはリバーブはかけてないです。
スネアを足した時にサンプルに一緒に入っている、部屋鳴りの音を一緒にトリガーして多少アンビっぽい感じにはしていますが、曲中だとそんなに出てないかなって感じですね。なくてもいいかなくらいの変化です。なので、リバーブっていうリバーブはついてないです。
ボーカルとの兼ね合いについて
プロデューサー:
スネアが歌とギターの邪魔をしないように気をつけていることはありますか?
渡辺氏:
基本的にボーカルを出しながら他の音を作っているので、自然と避けています。
このスネアだからボーカルと当たるなとか、そう言うことはあまり考えてないです。それよりも、キックとかギターの相性とかの方が重要ですね。
プロデューサー:
歌の声質によって変わったりしますか?
渡辺氏:
声質よりも曲調に合っているかどうかですね。
プロデューサー:
なるほど。すごく勉強になります。
それでは、次回はボーカルの処理についてお伺いできればと思います。
特に僕個人的には C メロのボーカルにかかってる、あの不思議なリバーブの正体を聞けるのが楽しみです。
渡辺氏:
はい。よろしくお願いします。
今回、トラック解説のためオフィスに出向いて下さった渡辺氏。
普段とは違う環境下でもセッティングを手早く済ませ、ドラムの処理について解説してくださいました。
プロフェッショナルの解説に、オフィスには感服の声。曲に合わせてドラム処理をどのように施すかを判断していく、経験の深さを感じます。
実際に聴き比べてみると、作品の世界観がより引き出されるため、ミックス作業の大切さを痛感しますね。
続編のトラック解説記事第二弾『MIX 解説 with 渡辺省二郎氏:ボーカル処理、エフェクトのテクニックについて』は以下からご覧になれます。是非続けてご覧ください。
ミックスビフォーアフター
今回渡辺氏にミックスを依頼した曲『アゲハ』by 水村宏輔は以下から聴くことができます。是非、ミックス のBEFORE と AFTER で聴き比べてみて下さい。
BEFORE
AFTER
プロフィールご紹介
渡辺省二郎氏
約40年のキャリアを持ち、今もなお第一線で活躍するエンジニア。
星野源、東京スカパラダイスオーケストラ、佐野元春など、様々な有名アーティストのレコーディングやミックスを手がけ日本のメジャーシーンを支えている。
水村宏輔氏
ロックバンド「 Loafer 」ギターボーカルを担当し、ほぼ全ての曲の作詞作曲を手がける。
現在は水村宏輔プロジェクトと題する、ソロプロジェクトを主に活動中。今回の楽曲『アゲハ』も同プロジェクトの一環である。
また、プログラマーとして ONLIVE Studio の開発にも取り組んでいる。
東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。
Masato Tashiro
プロフェッショナルとして音楽業界に20年のキャリアを持ち、ライブハウスの店長経験を経て、 2004年にavexに転職。以降、マネージャーとして、アーティストに関わる様々なプロフェッショナルとの業務をこなし、 音楽/映像/ライブ/イベントなどの企画制作、マーケティング戦略など、 音楽業界における様々な制作プロセスに精通している。 現在はコンサルタントとして様々なプロジェクトのサポートを行っている。