MIX解説with渡辺省二郎氏:アコギ、エレキ、ストリングスの処理について

エンジニアとして40年ほどのキャリアを持ち、今もなお第一線で人気アーティストの楽曲を手がける渡辺二郎氏。 本プロジェクトでは、サウンドオンライブの所属アーティストである水村宏輔氏の新曲『アゲハ』のミックスを渡辺氏に依頼し、その一部始終を記事として追っています。

Nami
2023-06-289min read

この「MIX解説with渡辺省二郎氏」シリーズでは、渡辺氏が『アゲハ』に施したミックス処理を、全3回に分けてご本人に解説していただいています。

前回の第二弾『プロのエンジニア、渡辺省二郎氏によるトラック解説【ボーカル処理編】』に引き続き、今回はその最終章として弦楽器の処理と全体の仕上げついてご解説頂きました。

プロのエンジニア、渡辺省二郎氏によるトラック解説第一弾、第二弾をまだ見ていない方はこちらからどうぞ。

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【今回の題材】

  • 曲名:アゲハ
  • アーティスト:水村宏輔

エレキギターの処理について

プロデューサー:
まずはエレキギターの処理からお伺いしてもいいですか?

渡辺省氏:
これは卓で作ったところが大きいです。EQ かけて、コンプはそんなにかけてないですね。処理前と処理後で大きな差はないと思います。

プロデューサー:
スタジオでエレキギターの音色とかを調整していただいた時に、どれも違って聞こえたんですけどね。

渡辺氏:
これは調整前の段階ですけどね。
ギターの音がというよりも、全体のサウンドが変わっていたら違って聞こえます。トラックによっては元の音源と大きく変えていないものもあって、それでも他のトラックが変わっていたら、耳は相対的に感じるので変わって聞こえます。よっぽど訓練しないと絶対的に感じられないので。なので、他の音の中ではこの音は生きてくるとか、逆にトラック単体ではかっこいいのに、オケの中では生きてこないとかはよくありますね。

EQ は LOW を少し足してます。ギター小僧が一番燃える、ベースを食うくらいの帯域です。キャビアンプでギターの 6 弦弾いた時に、気持ちいいところがあるじゃないですか。あそこですね。曲調もあるので、ガッツリは足してないですけど、自分はルート感を出すのが好きなのでその辺を上げがちなんです。
あと足したのは Harridon 32c channel EQ です。

Harrison 32C channel EQ |Universal Audio

リバーブは、ピッチ、リバーブ、ディレイそれぞれついていて、ピッチはボーカルにかかっているものと同じです。結構こういう曲で多用しているのは、DDMF っていう会社のマジックワーブっていうリバーブが好きで、よく使っていますね。見た通りサイケ感溢れる感じです。(笑)

MagicVerb|DDMF

他には歌にかかってたディレイがかかっています。

プロデューサー:
ギターの低域のところを少し上げて、ルートが聞こえるように調整されていると思いますが、その時にベースとスネアはどういう考えで棲み分けされていますか?

渡辺氏:
それぞれが正しい分量で出ていればお互いをそんなに邪魔し合わないので、下の帯域は20Hz くらいからちゃんとコントロールしていれば大丈夫です。

プロデューサー:
なるほど。ありがとうございます。

アコギターの処理について

プロデューサー:
続いてアコギの処理についてもお伺いしたいです。

渡辺氏:
アコギは EQ をがっつりかけてます。
撮り音はピックの音が大きい印象だったので、なるべくピックの音を落として身の部分を出す方向で処理しました。
元の素材だと曲中に入った時に、ピックの音が大きいのでコードの感じが聞こえなかったので、ピッキングの音を一生懸命減らそうとして狭い帯域で落としているところがあります。
レゾナンスをカットするっていうことなんですけど、EQ でうるさいところを探して、うるさいところを見つけてガッツリ落とすっていう。ただこれでもまだ落としきれてないですね。
ピックが固かったのかな?あとはギターの音を撮る時にマイクを近づけすぎちゃったか。

プロデューサー:
マイクが近かった可能性はありますね…。

渡辺氏:
マイクが近すぎると、ピックの音が大きくなりがちになりますね。
アコースティック楽器は基本的に強すぎても弱すぎてもだめですね。強すぎてもアタックしか聞こえないので、レコーディングでも7割くらいの力で弾いてくださいってよく言います。
特にアコギはアタックが結構きつくて、余韻は短いです。なので、強く弾くとさらにそれが増長されちゃいます。下手すると全然音が聞こえなくなっちゃうので。

あとは waves の NLS も使ってます。これはアナログの倍音を足すプラグインで、アコギの欲しいところが出てくるのでよく使いますね。コンプレッサーには実機の LA3 をかけています。

NLS | Waves Japan

ストリングスの処理について

プロデューサー:
ストリングスの処理についてもご解説をお願いします。

渡辺氏:
ストリングスはモノラル素材だったので、それを広げて EQ をかけているくらいです。

プロデューサー:
大体どのパートのトラックにも EQ がかかっているんですね?

渡辺氏:
そうですね。かけないってことはないですね。
僕は元の音が大事なんてことは一ミリも思ってないですからね。原音再生とか、なんやねんって思ってます(笑)

全体の仕上げについて

プロデューサー:
仕上げの段階で意識したことがあれば教えていただきたいです。

渡辺氏:
冒頭にもお伝えした、壁のようなサウンドを作るということを意識しました。ピタッと前に張り付いたような感じになるイメージ。

壁のような、リミッターの強いサウンドにする時にみんなやりがちなのが音が痛くなっちゃうことなんですよね。シンバルとか、スネアのアタックとか全部がうるさくて、最後にプラグインをかけて壁にしていたりね。そういうのはもう一回聞く気にもならないくらい疲れちゃいます。
ギャーと言う感じでも、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのような感じなら気持ちいいんですけど、プラグインでマキシマイザーをかけてガチガチ EQ をかけるみたいな処理は、ダメな PA が作ってるサウンドみたいになるので注意です。ここから一刻も早く出たいみたいな音になっちゃうので、そうならないように気をつけながら、料理で言うと丁寧にあくをとるみたいな作業をしていきました。

プロデューサー:
なるほど。
実際のトラックを処理する際には、常に他のオケとの兼ね合いを相対的に評価していくと言う感じですか?

渡辺氏:
そうですね。

今回ミックスの依頼をしてみて

プロデューサー:
省二郎さんに施した処理を解説して頂いて、丁寧な処理をしつつもやっていることは結構ダイナミックだなと感じました。
EQ の突き上げとか、もっと欲しいなと思うこととかにストレートパンチが出ているというか。

渡辺氏:
理性を外す訓練をしたんですよね。

プロデューサー:
理性を外すっていうと…?

渡辺氏:
衝動を抑えない訓練です。
トラックだけではなく、人生に置いてね。
だから私生活はボロボロになるんですけど、どっちが良いですか?良いとこ取りはできませんよ。(笑)

プロデューサー:
なるほど、そうやって憧れを勝ち取っているんですね(笑)

渡辺氏:
はい。(笑)

プロデューサー:
ミックスを自分でやっている人たちって、かけているプラグインとかの数が増えて行けば増えていくほど、正解がわからなくなってくると思うんですよね。
そういった時の考え方や、意識するべき点などのアドバイスなどがあればお聞きしたいです。

渡辺氏:
酒でも飲みに行って、帰ってきたら一旦バラしてみる。

作り上げて来たものを無理にアップデートしていきたいというのは、サンクスコストを払いたくないだけなので、そこは捨ててしまえば良いと思います。今までの努力を捨てるっていう。そういう気持ちを持てば良いと思います。

プロデューサー:
それはすごく大事なことですよね。

渡辺氏:
アナログでやっているときは作り直すしかないのでね。もう一回やろうとすれば、リセットして一からやるしかない。ただ、デジタルだとアップデートしていく方向性になりますから。

ミックスチェックの終盤になると、細かいところで「違うね」とか言い合ったりして全員沼に入ってますけど、他の人が聞いたら何が変わったの?ってことが多いと思うんですよね。

プロデューサー:
確かにそうですね。
アーティストたちはこの曲で売れたいとか、この曲でファンがもっと増えたら良いなっていう理想を持っているわけじゃないですか。
そこに到達させるにはここの判断を間違っちゃいけないぞとかっていう時もあると思うんですけど。

渡辺氏:
それはエンジニアの話じゃなくて、プロデューサーの課題ですね。僕らはそういうことは考えないです。
僕はこれが良いんじゃないかっていうのを提示して、プロデューサーが違うといったら作り直すだけです。

なのでマーケットに対してこれが売れる、売れないとかは考えたことなく、これがエンジニアの職業のメリットだとも思っています。
つまり、売れなくても責任取らされない。売れてもメリットがあるわけでもないんですけどね、お金が入ってくるわけでもないですし。手がけた作品が売れたら仕事は増えますけど。

プロデュサー:
確かにそうですね。
今回省二郎さんに依頼をして、この作品のストーリーだとか、聞いた人に与える印象などのいろんな引き出しをスピーディーに提示してくれたなっていう印象があります。

渡辺氏:
要望に答えられる引き出しがあるのは、経験が長いからですね。ただ、僕は作品のストーリーはなるべく考えないようにしています。
そこを考え出しちゃうと余計なことやっちゃったりするんですよね。歌詞に合わせてここはこうしようとか。

例えば、「きらきら」っていう歌詞が入っていて、それに合わせてきらきらって音が入っていると少しダサくないですか?説明しすぎだろって思いますね。そういうのはプロデューサーの判断なんで、やって欲しいって言われたらやりますけど。

プロデューサー:
なるほど。自分の立ち位置を大事にする考え方が大事なのかもしれないですね。

渡辺氏:
どれくらいのマーケット目指すかで全然違ってきますけどね。
メジャーシーンと同じくらいのマーケットを目指したいのなら、ちゃんとプロデューサーの意見とか、出資する人の意見も聞かなきゃいけないと思います。反対に自分の力で自分の食える分だけでやって良いという人であればルールもないですし、ミックスも好きにやれば良いです。趣味とプロの半分くらいのところであれば自分が良いって思えればそれで良いと思いますよ。

エンジニアのプロとしてやっているということは、クライアントを満足させることが大事になって来ます。なので自分にとってはリスナーというよりは、アーティストとクライアントが満足してくれることが重要ですね。もちろんストリーミングで流れた時に、自分が関わった作品はかっこいいって思って欲しいですけどね。

プロデューサー:
省二郎さんのミックスはかっこいいのが多い印象です。なんか鋭さを感じますね。

渡辺氏:
どうでしょうね。(笑)
もうだいぶ丸くなってないですか?

プロデューサー:
以前もお仕事一緒にさせて頂いた時と比べて、全然そんなこと思わなかったですよ。
今回初めて現場の工程を拝見したということもありますけど、丸くなったみたいな雰囲気は感じなかったです。

渡辺氏:
本当ですか。じゃあまだまだ僕にはこれから不幸が訪れそうですね。

プロデューサー:
僕らは今回本当に省二郎さんに依頼してよかったな思っています!本当にありがとうございました。

渡辺氏:
思っているだけかもしれないですけどね。本当は自分でやった方がよかったなって(笑)

プロデューサー:
そんな訳ないじゃないですか!(笑)
今回解説して頂いて、なるほどって思ったものをあたかも自分がやったかのように次回は指示出してると思います。

以上、渡辺省二郎氏によるトラック解説を全3回にわたってお届けしました。

「ミックスに著作権はありませんからね」と渡辺氏。施した処理を丁寧に解説して下さいました。後半部分の話といい、飾らない人柄が垣間見れます。
皆さんもこちらの解説記事シリーズを参考にし、ご自身のミックス作業に活かしてみて下さい。


ミックスビフォーアフター

今回渡辺氏にミックスを依頼した曲『アゲハ』by 水村宏輔は以下から聴くことができます。是非、ミックス のBEFORE と AFTER で聴き比べてみて下さい。

BEFORE

AFTER

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プロフィールご紹介

渡辺省二郎氏

約40年のキャリアを持ち、今もなお第一線で活躍するエンジニア。
星野源、東京スカパラダイスオーケストラ、佐野元春など、様々な有名アーティストのレコーディングやミックスを手がけ日本のメジャーシーンを支えている。
渡辺省二郎 (@shojiro.watanabe) • Instagram photos and videos
910 Followers, 482 Following, 466 Posts - See Instagram photos and videos from 渡辺省二郎 (@shojiro.watanabe)

水村宏輔氏

ロックバンド「 Loafer 」ギターボーカルを担当し、ほぼ全ての曲の作詞作曲を手がける。
現在は水村宏輔プロジェクトと題する、ソロプロジェクトを主に活動中。今回の楽曲『アゲハ』も同プロジェクトの一環である。
また、プログラマーとして ONLIVE Studio の開発にも取り組んでいる。
Nami
Written by
Nami

東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。

監修

Masato Tashiro

プロフェッショナルとして音楽業界に20年のキャリアを持ち、ライブハウスの店長経験を経て、 2004年にavexに転職。以降、マネージャーとして、アーティストに関わる様々なプロフェッショナルとの業務をこなし、 音楽/映像/ライブ/イベントなどの企画制作、マーケティング戦略など、 音楽業界における様々な制作プロセスに精通している。 現在はコンサルタントとして様々なプロジェクトのサポートを行っている。

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